各国壁ドン事情 青の国編

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 一度口にして伝えてしまえば幾分か気が楽になる。心にも余裕ができて、女官は小さく笑って見せた。 「面白い物語ですので、もしもお時間があれば是非読んでくださいませ」 「そうですか。それでは、時間があれば」  そう言う王はつれなく見えるが、時間があればと言った以上、空き時間ができたら本当に目を通してくれるのだろう。一見冷たい印象を受けがちな青の王だが、民草への思いは真摯であるのを女官は知っていた。  彼女は笑みを深め、それでなのですが、と口を開いた。 「もしも、陛下に壁ドンをして頂けるようなことがあれば、国民の誰しもが天にも昇るような心地になるのだろうな、と思ったのです。……あ、いえ、勿論、畏れ多くもそのようなことを本当にして頂けるとは思っておりませんが」  実際は自分がされたらという、もう少し不埒なことを考えていた訳だが、流石にそれを口にすることは憚られた。 「…………」 「陛下?」 「いえ」  ふと黙り込んでしまった王にきょとりと女官が首を傾げた。それに対し、王は小さく首を横に振る。そして、暫く考え込むような素振りを見せた王は、僅かばかり眉を寄せて女官に尋ねた。 「……そんなにも、民が喜ぶのですか?」 「はい、私はそう思います。皆、レイフィル王陛下をお慕い申し上げておりますから」  女官の返答に、王は再び黙り込んだ。  何事か思案しているような様子に、女官は俄かに不安になった。やはり、陛下に壁ドンをして頂くなど、想像だけでも不敬極まりなかっただろうか。  だんだんと心臓が早鐘を打ち始めていた女官は、不意に王が立ち上がったことで、思わず肩を跳ねさせた。 「へ、陛下?」  どうなさったのですか、と訊く前に、青の王はつかつかと近くの壁に歩み寄り、手を翳した。  そして、 「壁ドン、……をすれば良いのですね」  水霊、と。王がそう呼んだ次の瞬間、王の手元に現れた水がぎゅうっと凝縮し、一拍の間もなく、壁に向かって弾け飛んだ。  高圧の水をまともに食らった壁は、当然のことながら爆音と共に崩れ、細かな彫刻が美しかった執務室の壁には、見事な大穴が開いた。  少しの間、自らの空けた穴をしげしげと眺めていた王が、女官へと振り返った。これで満足か、と確認するような目をした王に向かい、女官は暫くの沈黙の後、のろのろと口を開いた。 「…………畏れながら申し上げます、レイフィル王陛下」 「なんでしょう」  訝しげな王に向かい、女官は意を決して真実を口にする。 「その、…………壁ドンは、壁を破壊するものでは、ないのです……」  王が僅かに目を見開いたのを見て、女官は己の発言の軽率さを猛省した。  なお、その後駆けつけた臣下たちに王は一言、壁が壊れた、とだけ言ったが、魔力の残滓や状況から、壊れたというよりも青の王の手によって破壊されたことは明白だった。そうでなくても、その場にいた女官が己のせいであると事実をつまびらかに他者に話したため、一週間もすればこの出来事は、青の国どころか、円卓の国家中に広く知れ渡ることになるのであった。
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