Episode1 野球場のシンデレラ

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「試合用のユニフォームじゃ無かっただと」  柊は部活が始まる前のミーティングで大声を上げた。 「そ。ユニフォームが決まらなくてさ。可愛いやつにしたいのよねぇ」  七海もカタログをパラパラと捲りながら呑気なことを言っている。 「おい、ことの重大さをわかっているのか」 「え?」 「大会規定のユニフォームを着ないとな、地区大会はおろか、練習試合さえ出れない可能性もある。早急にユニフォームを頼め!」  練習試合明けの練習は軽めにし、ユニフォームを決める会議を行った。爆発的に効率が悪いが仕方がない。 「まず、色ね! 何色にしようか」  キャプテンである七海が進行する。 「ピンクとか?」  由香が冗談ぽく言う。 「いや、目立つから金」  千尋は大真面目な顔で提案している。 「下らない……。色なんてどうだっていいわ」  凛は非協力的だ。 「私は何でもいいかな。この際色なくてもいいよ」  真顔で天然をかます律。 「私は黄色だな! 黄色、黄色!」  ジェニーは元気よく黄色を連呼する。 「赤だ! 熱い、赤だろう!」  翔は目を燃え上がらせながら赤と連呼する。 「あのー、この冴島学園のカラーは青なんだけど」  柊は言いづらそうに手を挙げた。皆は顔を見合わせ、その青いユニフォームを思い浮かべると、 「いいじゃん、涼しそうで」 「爽やかでいい色じゃん」  と全員の意見が青に集まった。なんだったんださっきの言い争いは。 「柊、ユニフォームの規定とかあるの」  七海が柊に尋ねた。 「あるよ。商標をつけちゃいけないとか、ツートンカラーにしちゃいけないとか、ベルトはエナメルじゃない黒か紺しかいけないとか」 「じゃあ、上が青で下が白とか出来ないの」  千尋が柊に訊いた。 「そうなんです」  えー、と不満の声が上がった。これは仕方ない。 「青を使うなら文字だけとか。プロ野球の埼国ジャッカルズみたいな感じですね」  千尋がジャッカルズのユニフォームを見ると、「ダサい」とだけ呟いた。 「まあ、女子が着るとなるともうちょい何か欲しいよね」  と柊はジャッカルズをフォローする。 「明るい青、水色とかどうかな」  などと話が進み、結局水色に決定。文字、アンダー、ストッキングを水色。学校名は筆記体となった。その後細々とした野球用品を注文用紙に書き、庄田先生に渡した。 「じゃあ、先生お願いします」 「はい、確かに。部費から落とすわよ」 「足りるんですか」 「うん」  庄田先生はその後立ち去っていったが、すぐさま戻ってきた。 「足りないかも」 「ですよね。結構高いですから」  足りない分は集金することになった。  ユニフォーム決めが終わり、解散となった。柊は薄暗くなってきたグラウンドに行き、ボールを握った。また、投げたい。七海らと共に、野球をしている内に、自分も野球がしたくなってきた。靭帯は使わなきゃいけない。タオルを取り出すと、シャドーピッチング始めた。肩の違和感は全くなく、問題なく腕が振れる。  今度はボールをネットに向かって投げる。腕は問題なく振れ、ボールは糸を引くようにネットの真ん中に突き刺さった。 「さすが、速いわね」  高圧的なその声の主は、他でもない氷川凛であった。その後ろには千尋もいる。 「ああ、いえ。勘がまだ戻ってなくて。怪我する前はもうちょい速かったんですけど」  凛は柊の隣に行くと、 「肩のリハビリが済んで、普通に投げられるようになれば、選手として試合に出て頂戴。もちろん先発は無理でしょうけど、一イニング程度、抑えのエースとしての登板なら、何とかなるんじゃない」  柊はフッと微笑む。 「さあ、どうでしょう。でも、ちょうど投げたいと思ってたところなんです」  凛はそれを聞くと、千尋に合図を出した。 「投げてみなさい。千尋に」 「え?」 「ほら、モタモタしない」  柊は座った千尋のミットを見据えると、振りかぶり、投げた。  鉄骨が三階から落ちた、と聞き間違う音を立て、柊のストレートは千尋のミットに入っていた。 「いたぁい」  千尋は顔を顰めると、柊に投げ返した。 「化け物ね。さすが十年に一人の天才と呼ばれただけのことはあるわ」  柊はその一球の味を噛み締め、ふわふわとしばらく夢の中にいた。
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