Episode1 野球場のシンデレラ

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「ショート!」  キン、という音と共に白球が地を跳ねながら飛んでいく。七海はそれを難なく捕り、一塁へ送球した。  皆、今日柊から手渡されたメニューをこなしている。姫華、ジェニファー、翔など課題が多い選手は特別メニューをこなす。 『朝日奈は来月の頭までに十キロ痩せろ。そうすればお前の持ち味が生きてくる』  朝日奈姫華は下半身と体幹を徹底的に筋トレし、ランニングを十キロなどを行っている。監視役が必要とのことで、宮田真由を送った。 「ほら、震えてきてるわよ」 「きついんですよぉー」  既に大量の汗が滴っていた。 「……これは良さそうね」  真由もメモをしていた。 『須賀と加賀美は圧倒的ミート力不足だ。三色のボールを投げ、投げた人物が色を指定し、その色のボールを打つ練習をしておけ』 「行くよ、白」 「はい」  ボン、という音がし、ネットにゴムボールが突き刺さる。 「当たったー!」  この練習は当てることがかなり難しい。二人は歓喜の声を上げていた。  その他の者はノックである。強いチームは守備が安定しているのが当たり前。守備力を鍛えることは最優先事項だろう。 「センター!」   カキーン、という音がし、打球は弧を描いた。 「やべ、飛ばしすぎた」  センター篠川は打球を見ずに走り、振り返って捕った。 「上手いなぁ。さすが」 「ナイスセンター!」 「へいへいノッカー!」  ナイン……六人の挑発に苦笑いすると、 「容赦しねえぞ」  と強烈な打球を打ちまくった。 「サード!」  キーン、という音を立て、サードを白球が強襲したが、三条紗依は簡単に捌き、矢のような送球をした。 「へぇ、中々強かったと思うんだけど」 「この程度なら、問題なく」  このチームの守備力というのは素晴らしいものがある。というか、あらゆる面においてレベルが高い。強豪校と匹敵するレベルだ。これなら甲子園にも――いや、この人たちには、生まれ持ったハンディーがある。そう、女子だということだ。  男の球の速さ、打球の速さ、レベルの高さ、そして、何より執念の深さ。特に、男の選手の球速や、球威に負けないかどうか、である。小平東高校ははっきり言って弱小。あんな力も何も無いストレートなんて怖くない。だが、全国レベルの投手となるとその全てのレベルが比べ物にならぬほど上がる。 (なるべく強い学校と練習試合がしたい。もちろん、別地区の)  しかし、出来て数ヶ月、監督が入って二週間のチームの練習試合を受けてくれる強豪校などない。強豪校は忙しい。練習試合で埋まっているはずだ。  (どうにかしないと)  最終下校時刻前となり、練習を終了した。夏の夜は長い。六時だというのにまだ夕焼けが見えた。庄田先生を捕まえ、その旨の話をしておいた。 「一応、やってみて下さい。ダメ元で」 「わかった。やってみる」  柊は一礼すると、帰路についた。今日は皆、かなり気合いが入っていた。その眼差しは、真剣そのものだった。意識が甲子園に向かっている。  柊は夕焼けの空を見上げた。俺は、彼女らを、甲子園に連れていきたい。日本史上初、女子での甲子園出場、そして優勝……。甲子園のあの舞台を、味わうことは男の特権では無くなった。 「柊ー!」  聞き慣れた声が後ろからし、あっという間に肩を掴まれた。 「どこに行くんだい」 「家だろ。普通」  昔は良くしていた、どうでも良いやり取り。久しぶりだが、ツッコミの腕は鈍っていなかった。 「久しぶりだね。こうやって下校一緒にするの」 「うん。七海がマグロと同じ大きさの時以来かな」 「いや、いつだよ」  日に焼けた笑顔も、懐かしかった。小一の春から一緒にいた。一緒に遊んで、一緒に野球を始め、一緒に上手くなっていった。  「七海も大変だったろ。こんな人数集めるの」 「えー? そうでもないよ」  そう言って満面の笑みを見せる。七海が隠し事をする時は、いつもこうだ。だが、今日切り込む話でもない。 「そうかよ」  と軽く流した。 「大会まであと一ヶ月ちょいかな。うー、楽しみだなぁ」 「本当に楽観的というかなんというか」  この性格は、中学の頃のリトルリーグでも効果を発揮し、悪い空気を変えた。 「絶対、行こうね甲子園」  七海の去り際の一言に頷くと、二人は別れた。 「甲子園ね」  柊は漠然としたその姿を、捉えきれずにいた。
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