Episode1 野球場のシンデレラ

12/31
前へ
/32ページ
次へ
「練習試合をすることになりました」  イエーイ、という歓声が聞こえ、柊は咳払いした。 「えー、相手は関東北高校、小山大付属高校です」  その歓喜の声はあまりにも儚く、柊の一言で消え去った。 「マジ?」  七海らは目を見開いた。 「場所は関東北高校グラウンド。時間は今週の土曜日、九時から。学校には七時に集合して、バスで行きます」 『バス、使えるんですか』 『うん。私が無理言って貸してもらったの。ついでに、寮の使用許可もね。鍵は私が預かっておくから』  庄田先生は鍵を指で回しながら嬉しそうに言う。 『でも、そんなにすんなり貸してくれるんですね』 『うん。私、校長の娘だし』 『え?』  衝撃の事実を知った。 「それと、夏合宿やります」 「夏合宿?」  凛は相変わらずの鋭い目つきで柊を睨んだ。 「そう。期間は一週間。と言ってもこの学校の寮に泊まるだけですよ。練習時間は伸びますけどね」  おー、という歓声が上がる。 「なんか、野球部っぽいね」 「そうだね!」  女子高生たちはキャッキャと盛り上がっている。無理もない、彼女らは知る由もないのだから。野球部の夏合宿が、どれほど過酷なものかを。  ミーティングが終わり、練習が始まる。柊は姫華に話しかけた。 「体重、測ったか」 「はい! 二キロ痩せてたんですよー!」  涙すら流しそうな勢いで柊の肩をぐわんぐわんと揺らした。 「そうか。なら良かった。あと八キロだ。頑張れよ」  次に柊は、翔とジェニファーの元へ行った。 「どうだ、調子は」 「大分当てられるようになったよ」  翔はバットを振りながら答えた。 「これなら全打席ホームランも狙えます!」  ジェニファーも笑顔で答える。 「いや、狙わなくていい。二人はパワーもあるし、ミートを心がければ打球は簡単に飛んでいく。力を抜いた方が飛距離も出るしね」  柊は持っていたカゴからガサゴトとバトミントンのシャトルを取り出した。 「その練習と並行してシャトルを打つ練習もしておいて。シャトルの先端に集中して、確実に芯に当てて。かなり難しいと思うけどね。今度はマシンの球を打ってもらう。その後ノック」  ボールを三色投げて打つ練習とシャトルを真芯で捉える練習。この二つを根気よくやれば、ほんの少しだろうが打率は上がるだろう。  問題は加賀美翔だ。野球未経験者であるというのが最大の難点。守備も無難にこなせるが、送球する方向や打球判断、カバーなど出来ないことが多い。合宿で育てるしかあるまい。  マシンでのバッティング練習が始まった。球速はいつも通り110キロ程度だった。 「今日から、マシンの球速を150キロにする」  集まった部員たちは驚きの声を上げた。 「全国レベルの投手ともなれば、それほどの球速くらい投げてくると考えた方がいい。それに、実際人間の投げる球にはノビも球威もある。マシンの150キロくらい打てないと、話にならん」  世界の女子プロ野球の最速は137キロ。日本の最速は128キロと150キロにはほど遠い。そのため、150キロは未知の世界といって良かった。 「見てみたい」  律は小声で言った。 「見せてよ。人間が投げる150キロ」
/32ページ

最初のコメントを投稿しよう!

15人が本棚に入れています
本棚に追加