Episode1 野球場のシンデレラ

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 柊は千尋とキャッチボールをし、肩を慣らす。毎日二十球ほど投げてはいる。投げられなくはないが、球速が出るかは不安だ。  皆が柊の姿を見守る。翔が気になっていたことを訊いた。 「七海、しゅーちゃんってどのくらい凄いの」  それは誰しもが気になっているところだった。皆七海に耳を傾ける。 「中学通算防御率、零割五分三厘。春季地区予選大会全八十一打席、奪三振七十四、被安打一、四死球零、自責点零の防御率零割零分零厘。史上最高の高校生投手と呼ばれて、プロも注目してた。それで清水西城高校野球部に入って、実質エースだったの。でも、地区大会で怪我をして、追放されたと言うわけ」  それを聞いた皆は、驚きを隠せなかった。 「清水西城高校って、毎年甲子園に出て上位まで必ずいく超強豪校じゃん。そこのエースって」  翔もそう驚いた。 「だから、柊の球を打てるようになれば、全国制覇も夢じゃないってこと」 「おーい、準備出来ましたよ」 「私が行くよ」  篠川律がバッティンググローブをつけ、バッターボックスに立った。チーム一の好打者である。  柊は深呼吸をした。大きく振りかぶり、指先に力と体重を乗せ、放った。白球は空間を切り裂き、あっという間に千尋のキャッチャーミットに雷のような音を立て、おさまる。律は、動けなかった。 「痛いなぁ、もう。レディに優しくしなさい。律、ど真ん中よ」 「わかってるさ。球が速すぎる」 「篠川先輩、150キロちょうどです」  いつの間にか真由がスピードメーターを構えていた。  「肩はどう? しゅー」 「その呼び方やめてください。大丈夫ですよ」  柊は再び振りかぶり、ど真ん中にストレートを投げ込んだ。律はいつもより早く振りはじめたが、完全に振り遅れていた。 「化け物だね。こりゃあ」  三球目、三度ど真ん中にストレートを投げ込む。律は真ん中にバットとタイミングを合わせた。 (捉えた)  そう思い振り抜いたが、千尋のキャッチャーミットに白球はおさまった。 「これがノビよ。球が落ちてこないの。彼の場合、上にホップするわ。それにあの腕と手首。異様に柔らかいから、ボールが遅れて出てくる」  よく伸びるストレートというのは、バットの上を通過する。律は微笑み、他の皆はたじろいだ。  次に紗依がバッターボックスに立ったが、最後の一球を打つもキャッチャーフライとなった。 「まあ、こんな感じ。甲子園目指すなら、ヒットは打ちたい」  マシンを150キロに設定し、バッティング練習が始まった。が、 「全く当たらないな」  柊は呟いた。仕方がないので、130キロに設定しなおし、バッティング練習を始めた。これでも女子にとっては剛速球に変わりはないが、目を慣らしていくしかあるまい。しばらくして律と紗依は難なくセンター方向へ弾き返せるようになったため、140キロに上げた。その頃翔とジェニファーも合流し、同じ球速を打った。  さて。野手陣、氷川先輩はこれでいいとして、あの子か。 「楡木さん」  グラウンドの裏、誰もいないブルペンに彼女はいた。 「何ですか。私今忙しいんですけど」  楡木桜子は汗を拭いながら大きな目でキッと柊を睨みつけた。どうも、投手というのは気が強い。 「少し見に来ただけだよ。どう、調子は」 「問題ありません。とっとと失せてください」  とっつきにくいなぁ。 「まあまあ。少し見るだけだから」  桜子は諦めたように前を向く。振りかぶると、腰を直角に曲げ、手の甲を地面につくほど低く振り、放った。アンダースローである。楡木桜子は強豪シニアリーグ、赤羽シニアでエースナンバーを背負い、全国大会準優勝した投手である。アンダースローは小学校の頃から習得しており、その熟練度は高い。  だが、同年の全国大会優勝投手であり、無安打無四死球のパーフェクトピッチングをされた才谷柊と、そのクリーンナップを任され、タイムリーヒットを打たれた日野七海には、ライバル心と対抗心があった。   彼女自身根に持つタイプなのだろう、今でも歩み寄れない。柊はキャッチャーミットをつけ、座った。桜子はあからさまにため息をついたが、投球を始めた。 「仕上がってるね。球が伸びてる」 「当然。あんな上から目線の女にエースナンバーは似合わないわ」  「上から目線なのは変わらないんじゃ……」 「何か言った?」 「いや、こりゃすげえ、って言ったの」  下から出る手から放たれるボールは、浮き上がるように見え、球速より速く感じる。MAX105キロの彼女の球も、高めに決まれば男に対しても脅威になる。 「今度の練習試合、氷川先輩と楡木さんの二枚看板でいこうと思ってる。関東北は氷川先輩、小山大付属は楡木さんが先発。限界が来たら代えるからそのつもりで」  パン、というキャッチングの音を立て、柊は微笑んだ。 「代える必要ない。私がパーフェクトで抑えてみせる」 「そいつぁ、頼もしい」  柊もニヤリと笑った。
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