Episode1 野球場のシンデレラ

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 練習試合当日の朝、七時ちょうどに柊は学校に到着した。チームメイトは既に集まっており、「遅いぞ監督」「寝坊してんじゃねえ」とヤジが飛んだ。主に千尋と翔のものだが。 「じゃあ、今日は待ちに待った遠足じゃなくてタブルヘッダー。関東北高校に行きます。細かいことは後で言うので、バスに乗り込みましょう」  わーい、と「冴島学園高等学校」の文字が書かれたバスに一斉に乗り込む。柊は前の席に庄田先生の隣に乗った。元は四十人乗れるバスのため、十二人だとかなり広々としていた。  音楽を聴いている者、お菓子の袋を豪快に開ける者、談笑する者、ボールをいじる者と様々であった。庄田先生は大きく欠伸をしていた。 「朝、早かったんですか」 「え? まあね。この学校から電車で三十分乗って歩きで五分。駅近いのが救いだよね。五時起きよ」 「五時? 五時半でも間に合うんじゃないですか?」 「おバカ」  庄田先生は頭一個分上の柊の頭に軽くチョップを食らわせた。 「女子には色々やることがあるのよ。そのくらい知っておきなさい。モテないわよ」  ああ、七海を基準に女を見てはいけないんだ、とこの時初めて思った。 「でも、才谷君モテそうだよね。背高いしガタイいいし、ちょっと強面のところとか好きな女子は好きよー。で見た目によらず結構優男」 「やめてください。俺はそういうのいいんで。中学の頃顔が怖いで有名でしたから」  庄田先生はふーん、と頷く。 「でも、今はそうでもないよ。完全なる主観だけど」 「ああ、でも、あの時は、野球を極めようとしていましたから。それで顔が強ばってたかもしれないです」  中学の頃は、クラスの皆から期待され、先生、魚屋のおっちゃん、乾物屋のおばあちゃんまでみんなから期待されてた。それに応えようと必死になるうちに、顔が怖くなっていたのかもしれないな。 「それで、怪我をして、自暴自棄になって、町のみんなが俺に気を使っている姿が、何だか悔しかったというか、なんというか。それで引っ越したんです。父が東京にある本社に転勤になって、単身赴任してたので。ちょうどいいから、って」 「そっか……」  庄田先生は柊の話を聞いて、何かしんみりと感傷に浸っていた。 「ごめんなさい愚痴なんか言って」 「いいのよ、子供が大人に気を使う必要ないわ。甘えられる時に甘えないと。そっか、じゃあご両親と暮らしてるんだ」 「いえ、母はこの前事故で亡くなりました」  さすがの庄田先生も、顔がひきつった。 「ごめんなさい、私何も」 「いいんです。俺も父も言ってなかったですし。いつか言わなきゃいけなかったんですよ」   柊は肌身離さず持っていたグラブを取り出し、庄田先生に見せた。手を入れる内側には、刺繍で「不敗」と書いてあった。 「母がやってくれたんです。高校行っても、不敗の投手になってねって。父は社会人野球選手、母は女子プロ野球選手でしたから。どっちもピッチャーでしたけど」 「そっか……大変だね。じゃあ、ご飯とかは?」 「姉貴に作ってもらってます」 「お姉さんいるんだ」 「ええ。姉貴は元女子プロ野球選手で、今は結婚してるんですけど、旦那さんが海外で仕事をしてるらしいんで結局実家に住んでるんです」  なるほどー、と庄田先生は頷いた。 「先生は飯自分で作ってるんですか」 「当たり前でしょ。こう見えて一人暮らし歴長いんだから」 「何年?」 「……大学一年の頃からだから七年」 「……ラッキーセブン」 「アンラッキーよ」  まったくもう、と庄田先生は頬を膨らませる。 「関東北も小山大付属も関東を代表する強豪校。どうなるか、楽しみね」  関東北高校に着き、皆は伸びをしながらバスを降りた。すると、関東北の野球部員が全員、バスの前で整列した。部員らは帽子を取り、坊主頭を覗かせた。キャプテンと思しき人物が「整列!」と大きな声で言った。冴島学園の選手らも、つられて整列する。 「この度は、来ていただき、ありがとうございます!」 「ありがとうございます!」  キャプテンの後に、百人はいる部員らが続く。 「一球入魂、熱く、素晴らしい試合にしましょう」    関東北の部員らは礼をした。思わず拍手が起こる。と、七海が一歩前に出て、 「よろしくお願いしまーす!」  とよく通る声で叫んだ。つられて他の部員らもそれに習う。そして奥から関東北高校野球部監督、柳楽(やぎら)正光(まさみつ)が笑顔で現れた。 「どうも、今日は来ていただきありがとうございます」  監督である柊に握手を求め、柊はそれを両手で握り返した。 「こちらこそ、誘って頂きありがとうございます」 「随分お若い。監督兼選手という訳ですか? 今どき珍しい」 「まあ、そういう感じですよ。今日は監督の素晴らしい手腕を勉強させて頂きに来たのも一つです」  ワッハッハと中年太りした体を揺らす。 「今日はお互い良い試合にしましょう」 「ええ。もちろん」  才谷柊ということはバレていない。柊はフゥーと息をついた。  「最初の試合は私らと冴島学園さんです。練習はAグラウンドの半分ずつでお願いします」  はい、と柊は一礼して去ると、その旨を伝えた。 「最初の試合だ。Aグラウンドに荷物持って行くぞ」  今日は蒸し暑くなりそうだ。柊は帽子を深くかぶった。 
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