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が――
「セーフ! ホームイン!」
「くそ」
間に合わず、一点失った。これで2-1。千尋はチラリとベンチを見た。
『限界になったら代えます。それまで思い切り投げてください』
しゅーはそう言っていた。凛の限界を、しゅーは知りたいんだ。千尋は内野のタイムを取り、凛に駆け寄った。
「どんまいどんまい。次抑えれば大丈夫だから」
「そ、そうですよ凛先輩。私たちが返します」
普段無口な姫華も珍しく口を開く。
「ああ、すまない。絶対抑える」
凛は帽子をかぶり直すと、深呼吸した。タイムが終わり、守備位置に戻る。
「さて宮田さん、この状況での最悪はなんでしょうか」
「投げ急いでズルズルと点を取られることです。今日ハッキリしましたが、氷川先輩はセットポジションの時、右足のタメが出来ていません。投げ急ぎによってさらにタメられなくなると、最悪ゲームを壊します」
「素晴らしい。その通り。でも、この回、それに五回まで代えるつもりは無い。どんなにフォアボールを出しても、立ち直ってもらいたいんだ」
氷川凛はもう一度深呼吸をした。ワンナウトー塁。守備体型はゲッツーシフト。理想は内野ゴロ。低めに投げ込む――
金属音がし、ボールはショートの守備定位置で跳ねる。七海は飛び込んで掴み、体を反転させながら一塁へ、地面に叩きつけるように送球した。
「アウト!」
「しゃあ!」
七海の好プレーにより、ツーアウト二塁。あとワンナウトでチェンジ。この回は最少失点で切り抜けたい。
「良し、宮田さん、伝令」
真由は頷くと、タイムを取り、マウンドへ走っていった。
「監督からの伝令です。氷川先輩、自覚がないかもしれませんが、セットポジションの際、いつもより右足のタメができていません。そこを意識しろ。バックもいるし、打たせて取ってください、と」
凛は伝令を聞き終わると、少し驚いたような顔をした。
「ためられてなかったか?」
「はい。前に出るのがかなり早いです」
真由は一礼すると、ベンチに戻った。
凛は少し考えると、フウ、と息を吐いた。
「右足ね。わかったよ。千尋、いこう」
千尋はマスクをかぶり、座った。
投げ急がない。右足をタメ、かつ素早く、ミットに投げ込む――
「ストライク!」
この感じ……。
「飲み込みが早いなぁ。でも、ここからが本番だよ」
千尋はサインを出した。インコースにストレート。散々変化球を投げた後、キレのいいストレートで詰まらせてやる――
凛は右足を意識し、かつ素早く左足を前に出し、投げた。が、踏み込まれ、思い切り引っ張られた。三遊間を抜け、レフト前に転がる。
「バックホーム!」
レフトのジェニファーは打球を走りとり、思い切り勢いをつけ、矢のような送球を放った。
(クロスプレーになる)
千尋は手前でワンバウンドした送球を掴み取ると、滑り込んできたランナーにタッチした。
「アウト!」
「危なかった」
スリーアウト。ジェニファーの強肩が火を噴いた。
二回裏の攻撃、先頭打者の凛が三振に打ち取られ、七海はいい当たりだったがショートライナー。由香はセカンドフライに倒れた。次の三回表、凛の高速シンカーが切れ、三者凡退に打ち取った。
三回裏、先頭、篠川律がライト前に打球を飛ばし、紗依が右中間よりのセンター前にヒットを放ち、律は三塁まで進んで、ノーアウト一、三塁。
「ジェニー、ストレート見えてないだろ」
ギクリ、と肩を震わせると、ぎこちなくこちらを向いた。図星だろう。
「スライダーを狙え。思ったより曲がると思うから、そこは調整して。あと力抜けよ」
ジェニファーは錆びたロボットのように頷き、バッターボックスに立った。
初球、インコースにストレート。ジェニファーは微動だにできなかった。
(来い、スライダー)
二球目、アウトコースにストレートが来て、辛うじてファールにした。重い。手がビリビリと痺れる。
(これ、スライダー来ないんじゃ)
一抹の不安が、ジェニファーの頭をよぎる。ジェニファーはバッターボックスから離れ、ベンチを見た。スライダーを待ちながらストレートをカットするなんて器用なことはできない。
(腹を括るしかないみたいね)
ギャンブルだ。ストレートが来たら三振。スライダーが来たら食らいつく。
第三球、藤田はセットポジションから、投げた。ストレートより初速が遅い。
(来た、スライダー!)
が、思っていたより曲がりが大きい。
「届けー!」
カキン、という金属音と共に、打球はセカンド真正面に転がった。三塁ランナー律はバットに当たった瞬間走り出し、セカンドが捕球したときには滑り込み始めていた。
「ゲッツー!」
4-6-3のダブルプレーでツーアウトだが、一点返した。3-1。肩を落としたジェニファーに柊は笑顔で声をかけた。
「当てただけ大したものだよ。結果一点入ったんだからよかった」
「ごめん……」
意外と繊細なところがあるのか、本気で落ち込んでいた。次の朝日奈姫華も三振し、チェンジ。
四回表、関東北はクリーンナップからの攻撃。遅い変化球に慣れてきたのか、先頭丸山がセンター前にヒットを放つと、四番野上もセンター前に運び、ノーアウト一、三塁のピンチになった。
千尋はタイムをかけ、凛に駆け寄った。
「一点は仕方ない。ゲッツー狙いで低めに変化球を集めるわよ」
「いや、もう点はやれない。三振にとってからそうするわ」
「だめよ。そういう考えだと力みが生じる。こっちがリードしてるんだし、一点取られたらまた返すから」
納得していないようだったが、凛は頷いた。
千尋は座り、サインを出す。アウトコース低めにストレート。手を出してくれたら万々歳。
凛が足を上げた瞬間、一塁ランナーが走った。
「くそ」
千尋は捕球すると、セカンドに向かって投げた。が、凛が掴んだ。三塁ランナーが、送球する隙にホームに生還することを阻止するためだ。これでノーアウト二、三塁。
「ここで守りきるよ!」
千尋が一声かける。それに野手は「おう!」と答えた
「正念場だね。ここで耐えられるか、点を取られるか」
柊は拳を握りしめた。
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