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「よーし、じゃあ帰ってよく休めよ。月曜から合宿だからな」
「はーい! でもさ、お疲れ様ってことで打ち上げ行こうよ!」
千尋のその一言に賛同の声が集まった。
「私は遠慮しておく。単純に疲れたし」
「あら、奇遇ですね。私も行きません」
「あなたは打たれまくったからね。それは疲れたでしょうよ」
「あれはエラーもありました。エラーがなければゼロ点に抑えられましたよ」
「そこのヘボピー共は喧嘩するな! 強制的に連れていく! あとしゅー! お前も来い!」
柊は飲んでいたお茶が変なところに入り、むせた。
「俺もですか」
「そうだ! チームの団結力を上げるために」
相変わらず言葉が上手い。柊はため息をついた。
「わかりましたよ。行きます行きます」
全員強制参加の打ち上げ。意外にも、千尋の実家は居酒屋らしく、貸切で招待してくれた。店主、千尋の父も、母も笑顔で迎え入れてくれた。皆はソフトドリンクを片手に持つと、千尋の音頭で打ち上げが始まった。
「関東北高校の主力に、3-1で勝利出来ました。これで、甲子園への階段も、着々と登りつめています。ということで、今日はお疲れカンパーイ!」
柊は一番端の宴会席、千尋の隣に座らされた。
「しゅーよぉ、そういえば聞きたいことがあったんだよ」
千尋は柊の高い肩に何とか腕を回し、尋ねた。
「ぶっちゃけ七海のことどう思ってる?」
予想外の質問に、柊は飲んでいた烏龍茶を吹き出した。
「ただの幼なじみですよ。本当に」
「えー? 本当かな。どっかの大学が男女の友情は成立しないっていう研究所結果出したらしいよ」
「本当にそういうのじゃないです。変なこと言わないでください」
全く、と烏龍茶を口に流しこんだ。七海のことを女として意識したことは無い。それは事実だし、それはあっちもそうだろう。
「じゃあしゅー、この野球部の中で、一番好みなの誰よ」
再び烏龍茶が脱走した。が、柊は神妙な顔になり、言った。
「みなさん、俺の大事なチームメイトですよ。このチームで、全国制覇したいって思ってますから」
いつの間にか聞いていた皆から拍手が起こる。が、千尋は面白くなかった。
「まあ、仕方ない。七海とは幼なじみなんでしょ? 家が近所とかか?」
「ええまあ。家が隣で。良く小さい頃からキャッチボールしてました。七海の父さんはプロ野球選手ですから、娘の七海も良く野球やってましたよ」
「七海のお父さんプロ野球選手?」
その一言に皆の視線がバッと七海に注がれた。七海は一通り顔を見た後、照れるように頭を触った。
「そうだよ。知らなかったの」
律は綺麗な顔をキョトンとさせた。千尋らは考えを巡らせた。
「律のお父さんは篠川柊吾選手だってことは知ってるわ。日野……日野……まさかあの日野?」
「日野圭佑。新人賞、ゴールデングラブ賞八度受賞、通算打率三割、日米通算二千本の安打を放った松井稼頭央二世と呼ばれた日本球界のレジェンドですよ。ポジションはショート。よく俺も野球教えてもらってました」
「何で言ってくれなかったの」
千尋は七海に詰め寄った。
「いや、聞かれなかったから……」
「なるほど納得したわー。七海のえげつない才能の正体はこれだったのか」
千尋はうんうんと頷く。
「本格的に野球を始めたのが小二だっけ。で、七海と同じリトルリーグのチームに入ったんだ。それで小五の時に望月が入ってきたんだよな」
「そうそう。女子が私一人だったからすごい嬉しかったんだよ由香」
「そうだったんだ」
由香は初めて聞いたとばかりの反応をした。
「七海は話題が野球のことしかねえからな」
柊はふっと笑った。
「全く関係ないけど監督、あなた、肩の調子はどうなの」
凛が相変わらず鋭い目付きで柊を見据えた。
「まあ、ほぼ問題ないですね。九回全部投げるのは厳しいですけど。どうしてです?」
「あなたに投げてもらう時が来るかもしれないからよ。全国制覇には、天才投手の力が必要よ」
「はあ」
柊は気の抜けた返事をした。
「はい、とは言えないの?」
「怖いんですよ。いつまた、自分の肩が壊れてしまうのかわからないですし」
「傷は、深いみたいね」
凛は椅子を引いて立ち上がると、扉の前に立った。
「お先に失礼するわ。才谷、考えておきなさい」
凛はそう言い残すと、店から去っていった。
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