Episode1 野球場のシンデレラ

19/31
前へ
/32ページ
次へ
 柊は打ち上げの帰り道、一人夜空を見上げていた。また、試合で投げる。そのことに、どれほどの恐怖があるのか、柊は自問した。 「ないな」  無いのだ。答えは「無い」だが、怖いのだ。何を恐れているのだろうか。 「柊ー!」  遠くから七海の高らかな声が聞こえる。 「何だよ」 「何となくだよ」  何だそれ、と柊は苦笑した。 「色んな話出来て良かったね」 「お前がシニアの試合中に漏らしたことは黙ってたけどな」 「永遠に黙っててそれは。まじで」  七海は睨むように柊を見上げたが、おかしくなって吹き出した。 「柊、投げるの? 一応高校野球の規定だと柊は試合に出られるけど」  柊はうーん、と腕を組んだ。 「今は考えられないかな。今は、明後日からの合宿だよ。明日は一時に集合して寮の掃除するから」 「合宿かぁ、ワクワクするね。みんなで寝泊まりなんて」 「楽しみなのは今のうちだけだからな。存分に楽しみにしておけ」  柊は七海と別れると、マンションのエレベーターに乗り、五階を押した。マンションと言っても、そんな高級マンションじゃない。姉とは歳が九つ離れているので、鬱陶しいくらい可愛がられた。 「ただいま」 「おかえりー」  柊は靴を脱ぎ、家に上がった。姉、才谷綾音は料理が全く出来なかったが、結婚し、実家で柊の料理を作るうちに、段々と上達していた。 「今日のご飯は野菜炒めね」  柊はフライパンの中を覗く。 「何で野菜炒めなのにきゅうりが入ってるんだよ」 「シャキシャキしてて美味しいかなーって」  たまにこういう不思議な料理を作る。  程なくして、夕食になった。柊は炒められたきゅうりを姉の方へ押しやった。 「パートでもやろうかしら。暇なのよねえ。旦那もいないし、子供は出来てないし」  またいつもの暇自慢が始まった。 「柊は最近楽しそうね。何か、明るくなってきた気がするわ」  炒められたきゅうりを口に入れ、微妙な顔をしながら、綾音は言った。 「うんまあ、女子野球部の監督することになったから」 「モテないの。そんな女子に囲まれて」 「モテねえよ。野球に必死なんだから」  そんなもんかねぇ、と姉は箸を進める。 「来週から遅めの合宿だし、夏に向けて仕上げなくちゃなんないからさ、今はみんな、自らを鍛えることに注意を向けているんじゃないかな」 「でもさぁ、あんた一人でやってるんでしょ。コーチとかいない訳? ノッカーとか他の強豪校みたいに控えの選手がやるわけじゃないだろうし……あれ?」 「あ」  二人は顔を見合わせ、柊は叫んだ。 「姉貴がコーチやればいいんだ」 「そうねえ。やろうか。暇だし」 「じゃあ明日、動ける格好で来いよ」  柊はごちそうさま、と言って食器を洗い、自分の部屋へ戻っていった。
/32ページ

最初のコメントを投稿しよう!

15人が本棚に入れています
本棚に追加