Episode1 野球場のシンデレラ

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 合宿初日。朝七時に全員集合していた。庄田先生には姉がコーチをやると言ってある。が、綾音は朝ごはんを真由と作ってもらっている。昨日、掃除をした際、倉庫に埃かぶっていた大きな炊飯器や、鍋などを洗い、調理室から食器や調理道具を借りていた。だがその前に、一応紹介はしておかなければ。 「えー、コーチの才谷綾音、です。俺の、姉です」 「歯切れが悪いな。今日からコーチに入りました、才谷綾音でーす。ビシバシやるからよろしくね」  綾音の自己紹介に、チームはざわついた。 「綾音さーん!」 「七海ちゃーん!」  この二人はいいとして、凛と律、千尋は驚きの表情を隠せなかった。律は思わず声に出した。 「才谷綾音……本物?」  才谷綾音。三番として、通算打率四割五分二厘、ホームラン十本、という成績を残した、超一流プロ野球選手。日本代表にも選出され、ベストナイン、その他野手の賞を総ナメしたスター選手である。 「本物本物。まあ、結婚したけど暇だし、コーチやりたいってずっと思ってたから、ちょうど良かったんだよね。それに、女子チームで初の甲子園優勝、するんでしょ?」  ピリリと空気が変わる。 「その、お手伝いを出来たらって思います。よろしく!」  朝の練習メニューは、柊が綾音と相談して決めた。 「ほら、声出して」 「出してるよ!」  ランニングは十キロ、 「ほい」 「うがぁあ」  トスバッティング二百球、 「ショート!」  ノック。そして最大の試練となるのが、 「ちゃんと食えよー」  朝食である。ここまでの運動をした後に、どんぶりに盛られた飯を食わねばならない。当然、皆の箸は動かなかった。柊は例外であるが。 「朝からこんなに食うのかよ」  千尋が真っ青な顔をしてどんぶりを睨んだ。 「きついけど、食べないともたないわよ」  凛と紗依は少しずつだが食べ始め、 「早く食べなよ」  と涼しい顔で箸を進める律がいた。 「化け物……」 「残したらランニング二十キロに増やすから覚悟してくださいね」  柊はどんぶりの飯をかきこみなら、平然と言い放った。 「鬼め……」  皆も少しずつ食べ始めた。 「えー、この文書問題は大学試験にもたまに出るから注意しておけ。中学の覚えてるかー、因数分解……日野、起きろ」 「あ、はい!」  授業。七海は疲れから泥のように眠っていた。 「先生、さっき何使うって言ってた?」 「教科書?」  クラスは笑いに包まれる。 「わからなくなったら使えよ。因数分解だ」  七海は座ると、柊の方を見た。平然とノートに写している。 「くそー」  午後練習、六時間の授業が終わり、再び練習が始まる。  前半はシートバッティング、交代で柊の豪速球でバッティング練習した。当たった者は一人もいなかったが。  そして、あれもやる。柊が監督になってから、ずっと続けていることだ。 「百ティー!」 「はーい」  百ティーとは、百本連続ティーバッティングの略称である。女子プロでもやっている練習で、下半身、体幹、上腕と全身を鍛えることが出来る。実は綾音の元いた球団の、練習を参考にしていた。 「懐かしいのやってんじゃん。私もやろう」  後半はノックである。
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