Episode1 野球場のシンデレラ

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「セカンド行くよ!」 「はい!」  綾音の放った打球は恐ろしいほど速く、守備が得意な由香も弾いてしまった。 「ほらほら、男子の打球なんてもっと速いよ。ライト!」  翔に強烈なライナーが飛び、弾いた。 「それ弾いたらやばいでしょ。ほら、もう一回」 「厳しい……」  柊はブルペンで桜子のキャッチャーをしていたが、姉の怒声が聞こえた。 「スイッチ入っちゃったかな。女は女に厳しいって聞くし」 「5-4-3のゲッツー行くよ! サード!」  紗依は綾音の強烈な打球を何とか捌き、由香に送球した。由香はセカンドベースを踏み、その送球を取ろうとするが、弾いてしまった 。 「こらこら、集中しなさい。一回一回の動作で意識する神経は変わる。全ての神経に気を向けるなんて無理なんだから、それを意識しなさい。もう一回」 「はい!」  汗が額から垂れ、顎に来て落ちる。 「次、6-4-3ね。ショート!」  打球は拳銃でも発砲したような音を立て、七海のグラブに収まり、セカンドに入った由香に投げられる。由香はそれを掴み取り、ファーストへ送球した。 「次、3-6-3。ファースト!」  強烈な打球は地を這い、姫華を襲った。姫華は弾くも、掴んで二塁へ送球し、一塁に入ってショートからの送球を取った。 「遅い! それじゃアウトにできるものも出来ないわよ」  姫華は「ごめんなさい」と小さな声で謝った。 「もう一球!」  今度はきちんと掴み取った。姫華は先程と同じ動きをし、安堵の表情を浮かべたが、 「動きが遅いわ。もっと早く動きなさい。動けないなら痩せなさい」 「厳し」  柊は震え上がった。 「もう一球お願いします!」  姫華も負けじと声を上げる。  後に日暮ノックと呼ばれるこのノックは、日が暮れるまで続いた。まともに立っていられる者は、綾音以外いなかった。律でさえ、荒い息を上げながら地面を見つめていた。  綾音は浅く息を吸いながら、 「立ちなさい。本気で甲子園行くんでしょ? 全国制覇するんでしょ? こんな練習、甲子園目指す高校なら普通よ」  真由は眼鏡を押し上げながら、唾を飲んだ。 「ここまでしなくても……。練習の効率も悪いですよ」 「違うよ。技術をつけるためにこのノックをやっている訳じゃない」  真由はわからない、と言うように首を振った。 「気持ちだよ。甲子園に絶対に行くという気持ちが大事なんだ。そのためにも、ここで立つべきなのは……」 「まだ……」  土をスパイクで引っ掻く音がした。場所は、ショート。 「まだまだこれから! バッチコイ、綾音さん!」 「キャプテンである、彼女だよ」  七海の声に、仲間らも立ち上がった。 「すごい根性だよ、全く。女子なんて、女子なんて。そんな偏見を、変えるかもしれないね」 「よし! あと一球ずつ、気合い入れなさい」 「はい!」  柊は微笑んだ。久しぶりに生き生きしている姉を見て。 「というか、これが最後じゃないし」 「え?」  真由は柊を見上げた。 「地獄の夏合宿は、ここからが本番だよ」  十分の小休憩を挟み、最後の練習メニュー、インターバルトレーニングが始まった。
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