Episode1 野球場のシンデレラ

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 練習場はぽっかりと空いている野球場だった。元々甲子園にも十回ほど出場している強豪校だ。グラウンドの周りを、女子が隊列を組んで走っていた。仕方ない。見学くらいしていこうか。  柊は目立たない場所に座り、彼女たちの練習風景を見ていた。人数は十人程度というところか。野球部としてはかなり少ない。地方大会のベンチ入りは二十人。それにも満たないということは人数的な面でかなり苦戦を強いられそうだった。  ランニングが終わり、キャッチボールが始まった。女子の割に中々いい球を投げる。 「それも当然か」  社会人と共にクラブチームで練習していた人もいるんだろう。実力はプロクラスの連中を集めたと七海からは聞いていた。と、いきなり肩を叩かれた。野球のユニフォームを着た女子だった。雰囲気からして先輩だろう。 「ちょっと、ここは女子野球部ですよ。部活見学なら他でしてください」  その人は女性にしては背が高く、サラサラと良く手入れされていそうな黒のショートヘアが特徴的で、息を飲むほどの美人だった。 「あ、すみません。友人がいたもんで……」 「あー! 柊!」  例えるならライフル、ライオンの咆哮。七海の高くよく通り、人の耳を撃ち抜く声はグラウンド中に響き、一気に注目された。七海は満面の笑みで近づいてきた。  「篠川先輩、こいつは私の幼なじみで、元清水西城高校の一年生エースだった、才谷柊です」  篠川先輩、と呼ばれた長身の美女は、ああ、と手を叩いた。 「日野が言ってたのはこの子か」  情報伝達されるのはやすぎるだろ。 「さ、柊、挨拶挨拶」  手首を掴まれ、引きづられながら連れていこうとするので、思わず七海の手首も掴んで静止した。 「いや、俺は興味本位で見に来ただけであの話を承諾したわけじゃねえからな」 「興味本位ってだけで来るような男じゃないもん柊は。結構真剣に考えないと行動に移さないものね」 (うわー)  柊は幼なじみが七海であることにこれほど恨みを抱いたことは無い。 「よーし、皆さん注目! 元清水西城高校野球部一年生エース、才谷柊がこの野球部の監督をしてくれる事になりましたー!」 「本当に? 見つかったの監督! しかも柊君」  そう言ったのは七海とリトルリーグ、シニアリーグにいた望月(もちづき)由香(ゆか)だ。 「いや、待てまだ承諾した訳じゃ」   いつの間に隣りに立っていた篠川がスっと手を差し出し、握手を求めた。 「ありがとう。これで、七海と庄田先生の負担も減るし、何より強くなれるよ」  爽やかで女性にしては低く、クールな声で微笑まれた。  部活は入らなければいけない。そして入りたい部活もない。そして野球部監督なんてかなり楽なんじゃないか? ええい、ままよ。 「えー、女子野球部の監督にたった今決心した才谷柊です。目指すのは甲子園優勝。俺の、なしえなかった夢です」   お祭りムードが柊の話が始まると、しんと静まりかえった。柊も、自分で何を言っているのかわからなかった。 「俺は一年でエースナンバー背負ってやってましたが、肩を壊し、夢の甲子園が夢のまま終わってしまいました。こんな形で叶えられるとは思いもしませんでした。よろしくお願いします」  ぱちぱちと拍手が鳴ったが、柊は自分で自分を殴りたかった。 (なーに言ってんだよ! 監督なんて出来ねえよ。やっぱり、早めに冗談だっていった方が)  バンザイが鳴り響くこの空気で、そうも言えず、柊は半分強制的に野球部の監督を務めることとなった。
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