Episode1 野球場のシンデレラ

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 練習が始まった。ストレッチ、ランニング、キャッチボールから始まり、バッティング、シートノックなどの練習が展開される予定だ。今はバッティングの練習中である。七海がエンジのジャージを着た柊に歩み寄った。 「ちょっと、メンバーの特徴とか色々教えるね。ついてきて」  有無を言わさず強引に手を引っ張られる。まあ、もう慣れっこだ。 「私は一番ショート。右投げ左打ち。身長百六十三センチ、体重五十四キロ。それであの子が望月由香。二番セカンド右投げ右打ちで身長百五十九センチ、四十六キロ。守備範囲が異常なの。攻撃的守備って言うのかな。バントとか小技もできるしバッティングも上手い」  奥の方でバッティングをしている由香を柊は見た。シャープで力強いスイングだ。長打も期待できるだろう。  「それであの美女が右投げ右打ち三番センターの篠川(しのかわ)(りつ)先輩。身長は百七十五センチ、体重六十七キロ。クラブチームで社会人と一緒に練習してた一人で、プロからも注目されててね、一位は確実、即戦力とさえ言われてる凄い人なんだよ。長打を量産するバッティングに俊足を生かした超広い守備範囲。まさに、非の打ち所がないとはこのこと」  べた褒めだな。プロから注目か。それは凄い選手なんだろう。さっきからフェンスを越える打球もちょくちょく見受けられる。男子でもフェンスを越える打球を打つことはかなり難しい。 「それで、あそこに佇んでいるのが四番サードの三条(さんじょう)紗依(さより)先輩」  確かに佇んでいる。バットを構えたまま。 「右投げ左打ち。身長百六十七センチ、体重五十九キロ。右利きなんだけど居合道の実力者でね、左打ちの方がしっくり来るんだって」  そんなものなのか。 「集中力が他の人とは段違いでね。チャンスには超強いよ」  ちょうど紗依の番が回ってきて、バッターボックスで構えた。膝を軽くまげ、バットは揺らさず斜めに立てる。非常にシンプルかつ基本的な構えである。しかし、ボールが放たれてもバットは振らなかった。 「どういうことだ」  柊は話が違うと七海に言った。 「見てて。ここからだから」  紗依は一つ息を吐くと、「見えた」とつぶやき、再び構えた。バッティングピッチャー、メンバーが少ないのでピッチャーではないが、再び投げた。すると、紗依はギリギリまでボールを懐に呼び込み、スイングした。そのスイングスピードは尋常ではなく、柊も驚いた。快音を上げ、打球はフェンスをワンバウンドして突き刺さった。 「すげぇ。本当に女子かよ」  次に七海は一際目立つ、褐色肌で長身の女子を指さした。 「あのダイナマイトボディの子は須賀ジェニファーちゃん。五番レフト。身長百七十八センチ、体重七十キロ。足の速さと強肩、当たれば飛ぶ打撃が武器の左翼手で、守備範囲も広いんだ。アフリカ系アメリカ人と日本人のハーフで、偶然公園で会って誘ったんだ」 「すげえな。尊敬するよお前のコミュニケーション能力を」  バッティング練習を見ると、高く上がったフライが多い。ジャストミートした打球は、フェンスを悠々越える。典型的なパワーヒッターだ。 「それで、あの丸っこい子が六番ファースト朝日奈姫華ちゃん。身長は百七十二センチ」 「体重は」  柊はその容姿を目にし、思わず訊いた。 「へ?」 「体重」 「内緒だよ? ……八十六キロ」 「痩せなきゃだめだな」 「でもでも、豪快なスイングから放たれる一発は破壊力抜群!」 「見た目の破壊力も抜群」  最低! という七海の声をよそに、姫華のバッティング練習を見た。確かにスイングは速いだけでなく、重そうだ。だが、バットのヘッドがイマイチ走っていない。痩せなきゃだめだな。 「そしてあの子は加賀美(かがみ)(ゆう)。身長百六十四センチ、体重五十四キロ。十種競技の選手なんだけど、高校生の間限定で野球部に来てもらったの。野球経験はないけど、やっぱセンスいいね。一回教えたら大体できるもん」  思い切りフルスイングして空振りしている。スイングスピードは悪くない。 「それで、あの眼鏡の子が楡木(にれき)桜子(さくらこ)。右のアンダースローでストレート、カーブ、シンカー、チェンジアップ。常に冷静で安定したコントロールを持ってる、頼れる子だよ」 「となると、部員は十人だけか?」 「ううん、マネージャーが一人。宮田(みやた)真由(まゆ)ちゃんに記録とか、色々任せてるの」 「宮田さんってどこ」  柊が見渡すと、奥から黒縁メガネをかけた、体育着姿の少女が現れた。 「宮田です。どうも、才谷監督」  握手を求められ、素直に応じる。 「でも何でマネージャーを?」 「運動音痴だからです」  キリッと眼鏡を押し上げ、その鋭い眼光を柊らに向けた。 「あ、そうなんだ」 「監督が来られたので、私は記録員に徹します。練習メニュー等は監督に任せてもよろしいですか」 「もちろん。というか、同学年だよね。何で敬語?」 「もちろん、監督だからです」  再び眼鏡をキリッと押し上げた。 「そして監督、私は雑談をしにここに来た訳ではありません。相談がありまして、ここに来ました」 「相談?」 「はい。夏の予選大会が、ひと月と五日後まで迫って来ているのです」  夏の予選大会、優勝すれば甲子園へ行ける、甲子園大会の予選大会である。 「冴島学園は西東京。強豪ひしめく激戦区。時間はありません。早急に準備しましょう」 「お、おう」  準備、か。何をすれば? 「練習試合でもしたいけどな」 「わかりました。庄田先生に話しておきます」  試合を見れば選手の特徴はよくわかる。それと、西東京のチームの特徴、要注意選手なども有名な選手しか知らない。 「やることはたくさんあるなぁ」  柊はため息をついた。
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