彼女の遺影と息子の家

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彼女の遺影と息子の家

それから無言のまま彼について行くと一軒家に辿り着いた。 彼が玄関の鍵を開けて中へ入る。躊躇する僕に「入れよ」と彼が促した。 二階へあがる階段からリビングルームの様子が見えた。 麻里子の遺影があった。 僕は思わず目を逸らした。 彼の私室に通されてまっすぐ机に向かう彼の背中を見つめる。 「……どうして」 「これ」  振り向きながら彼はスケッチブックと色えんぴつを差し出した。 「墓の前に落として行っただろ?」  僕に近づいて彼はもう一度差し出す。 受け取ろうとした手を止めて僕はそれを押し返した。 「……これは麻里子のだから」  言ってしまってからハッと口を噤んだ。彼の眉根がピクリと動いた。 慌てて何か言おうとしたが何も言葉が出てこない。 息子を前にただただ狼狽する。 「別にいいよ」  見透かしたように彼が僅かに口角をあげた。 「ふーん。麻里子って呼んでたんだ?」 「あ……、ごめ……」 「なんで謝んの?」  部屋の中央の小さなテーブルにスケッチブックと色えんぴつを置くと彼は飄々とした態度で僕の傍らをすり抜けて階下へと降りて行った。 取り残された僕は所在なく佇み、テーブルに置かれたそれをジッと見つめる。  ほどなくして彼がペットボトルのジュース二本とスナック菓子の袋をぶら下げて帰ってきた。 「なにしてんの」 「え」 「いつまで突っ立ってんだよ、どっか座れよ」  中央のテーブルにペットボトルとスナック菓子を置き彼がテーブルの前に胡坐をかく。 僕ものろくさと彼の正面に正座した。 「ほい」とペットボトルを一本差し出されるまま受け取る。 彼はテーブルの上のスケッチブックを捲り、僕の描いた風景画を眺め始めた。 「今朝拾った時も観たんだけどさ、上手いもんだな。さすが美術部」  僕から明かしたわけではないがこれだけの風評が立っている母親の心中相手の素性など聞きたくなくても耳に入ってくるのだろう。 「……さっき、ね」  鉛のように重たい口をなんとか開いて呼びかけると彼は「ん?」と反応しつつスナック菓子をかじる。 「さっき、どうして僕を家に連れて来たのか聞こうとしたんだ」 「別に。これ返そうとしただけ」 「別にって」 「なんだよ」  スケッチブックから視線をあげてギロリと睨まれ僕は閉口する。 再び彼は絵に夢中になりパラリとページを捲る。 困り果てて俯き視界にかかる猫っ毛の長めの後れ毛を指先で掬って耳に掛けた。 「……へぇ」  視線をあげると彼がこちらを見ていた。 僕はまたもや狼狽する。 「あいつもその癖あったよ。俺が困らせると俯いて髪、耳に掛けんの。一緒に居すぎてうつったんじゃね?この絵もさ、あいつそっくりだぞ」  彼はまたパラリとページを捲った。 気付いていた。 これは麻里子の癖、麻里子の絵のタッチ。 僕は約三年彼女と共に過ごす間に、彼女に染められていた。 テーブルの上に置かれた色えんぴつを見やる。 二年前の誕生日に「他の子に内緒ね」とこっそり麻里子がくれた色えんぴつだ。 そして今年の僕の誕生日、彼女だけが死んでしまった。 「いつから?」 「え」 「いつから付き合ってた?」 「……一年の、秋」  色えんぴつをもらって間もなく僕らは深い関係になった。 それまでも教師と生徒にしては近すぎる距離だったけど、まるで傷を舐め合うように僕らは結ばれてしまった。 「あんた美少年だもんな。入学早々から目つけられてたんだろ。 あんたさ、責任感じることねぇよ」  耳を疑って彼を凝視した。 彼は淡々と僕の絵を眺めている。 「俺のせいだから。ちょうどあんたらが付き合いだした頃だ。俺が鑑別所入ったの」  彼を見つめる両目が見開いた。
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