彼女の息子

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彼女の息子

「あ……」  すぐ傍らに水野光輝が立っていた。 「……あんた、『糸井ゆら』だろ」  責めるでもない静かな声色と眼差しで彼は僕を見つめる。 僕は口を噤んだまま頷いた。 「墓の前で何してた」 「……絵を、描いてた」  答えながら僕は彼から視線を外して俯いた。 殺しに来たのかな、とふと思った。 現実として、僕は彼から母親を奪った。 まだ十五歳、中学三年生だと麻里子から聞いていた。 父親とは早くから軋轢があり中学に入ってから素行の悪い連中と遊びまわるようになった。 麻里子が再三注意をしても耳を貸さず、ついには麻里子とも口をきかなくなった。 麻里子は思い悩み一度だけ僕の胸で泣いた。 「……いいよ」  再び窓の外へと視線を向けて僕は呟いた。 「なにが」 「殺しに来たんだろ?」  彼が僅かに息をのんだのがわかった。 「どうせ死に損ないだから」  もうこの世にはなんの未練もない。 「いま俺に殺されてもいいっての?」 「だから、いいよ」  言い終えるやいなや彼に胸倉を掴まれて引っ張りあげられた。 思わず「うわっ!」と声をあげると同時にパイプ椅子がガタン!と音を立てて倒れた。 「ほんっとにあいつは男見る目がねぇな!」 「え……」  胸倉を離されたと思ったら即座に腕を掴まれて美術室から強引に引きずり出された。 「ちょっ、何?」 彼は何も答えず僕を引っ張りながら颯爽と校門を出ていく。 振り返ると校舎の窓に集まった授業中の生徒や教師たちが中学の学ランを着た侵入者とその少年に引っ張られていく僕に好奇の眼差しを注いでいる。 「また糸井ゆらだ」 どこからともなくそう聞こえた。 名門高校の名誉を汚した問題児。 本当なら退学処分のはずが父親が金で解決した心中事件の生き残り。 「あんた有名人だな」  彼が振り向きもせずにようやく口を開いた。 「俺もだけどな!」  僕の腕を引っ張ってぐんぐん進む彼の背中に一瞬麻里子が重なった。 気性の激しい女性だった。思い込んだら命懸け。 彼にも引き継がれているのだろうか。  道すがら唯一尋ねた。 どうして母親と口をきかなくなったのかと。 彼は「嫌いだからだ」と答えた。
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