恋の入り口?

8/28
前へ
/120ページ
次へ
あの“玄関でキス事件”以降、田中さんとは食事と共にワインを頂くことはあっても、最初からお酒が目的の『飲みに行く』ということはなかった。 ある意味汚名挽回のチャンスでもある。 お店はナナミちゃんリクエストのラクレットが評判の居酒屋で、女性に人気があり、私も大好き。 店内は予想どおり女性客でいっぱいだった。 田中さん達について行くつもりが、結局は私達の好みに合わせてもらってしまい、申し訳なく思う。 席へ通してもらうと私とナナミちゃんが並んで座り、私の向かいに田中さん、その隣に重谷くんが座った。 とりあえず最初はお決まりの生ビールで乾杯。 最初のひと口を皆揃ってグビグビと飲み、「あ〜っ」の声に続いて「うまーい!」「おいしい!」の言葉が口々に飛び出す。 ナナミちゃんは最初から機嫌良く、飲むわ喋るわで大忙し。 そのテンションの高さに若干ついて行けていないアラサーの三人。 私も入社2、3年目の頃はこんな感じだったのかな。 何をしていても楽しそうでキラキラしている。 少なくとも恋愛に関しては今とは違い、頭であれこれ考えたりせず、心の赴くままに突っ走っていたと思う。 ナナミちゃんの話にみんなで付き合い、たまに私達それぞれが他愛のない話をしたりして、それなりに盛り上がっている時だった。 「そういえば△△課の永松さんに付き纏われてるんだって?」 不意に重谷くんから聞かれる。 「あっ、重谷さんも知ってるんですか〜?」 私よりも先にナナミちゃんが反応した。 重谷くんは直接見たわけではなく、誰かから聞いたそう。 私は永松さんの言動を愚痴混じりに話し、馴れ馴れしく接してくることが堪らなく苦痛である事を訴えた。 私の話に三人は顔を見合わせ、「あ〜……」と苦笑い。 三人の話によると、どうやら私が転勤してくる前にも同じような被害に遭った女性が何人もいてセクハラ問題になり、ナナミちゃん曰く『(男性の多い、とある場所へ)飛ばされた』けど、そこでも手に負えなかったらしく、この春また『人事の目の届く本社に戻された』らしい。 初めて聞く数々の酷い話に頭がクラクラしてきた。 田中さんが永松さんを“問題児”と言った事や、あの時憐んだように私を見た事も納得がいく。 どこまでが本当なのかわからないけど、被害者多数なのは間違いなさそう。 「そうそう、“あの時はありがとう”みたいな事言われたんだけど、全然記憶がないんだよね」 話している最中にふと思い出した疑問。 「あーそれ、多分あの人の思い込みですよ。自販機で先に譲っただけで勘違いされちゃった子もいたし……アヤさんだってそうやって何かちょっと優しくしただけですよ」 「わかる!下手したら、目が合っただけで俺に気があるなんて思いそうだよなー」 「確かに〜!そういえば私の同期の子が……」 私を置き去りにして、ナナミちゃんと重谷くんが永松さん話で盛り上がり始めた。 その会話を聞きながら、田中さんとは「そんな人なんですか?」「そんなヤツだよ」なんて会話をしていると、 「とにかくあの人には気をつけないとダメですよ!」 突然ナナミちゃんから話を振られる。 「気をつけるって言っても避けても避けてもしつこく話しかけてくるし……」 「ここはやっぱり田中さんに頑張ってもらわなきゃ!田中さん、アヤさんの事守ってあげてくださいね!」 身を乗り出して田中さんに訴えた。 ちょっとナナミちゃん!またまた何を言い出すの?! 田中さんだってそんな事言われても困るよ! 実際、田中さんも「えっ、あ、ああ……」と目をまんまるにして反応に困っている。 「ナナミちゃん、田中さんには関係ないでしょ?」 小さな声で隣に座るナナミちゃんを窘める。 「このままエスカレートしたら危ないじゃないですか。ね?田中さん!永松さんだって田中さんが相手じゃ、さすがに諦めますよ。敵う相手じゃないって早いとこ分からせないと!」 酔ってご機嫌なナナミちゃんの暴走が止まらない。
/120ページ

最初のコメントを投稿しよう!

990人が本棚に入れています
本棚に追加