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ナナミちゃんといい重谷くんといい、どうしてそんなに簡単に両方向から触れてくるんだろう。
「その辺はお察しください」
わざとふざけた返しをして笑い話に変え、さっさとこの話から逃れようとしてみる。
それなのに重谷くんは何故かしんみりしてしまい、私の思うようにはいかない。
「マジかー。桜井、みんなからからかわれて嬉しそうだったのになあ。アイツ、フラれちゃったのか……」
研修の打ち上げで松田くんに付き合っている事をバラされ、からかわれて恥ずかしかったと嬉しそうに話してくれたそうちゃん。
近々プロポーズをするつもりだったから、もうバレてもいいと思ったと、後から教えてくれた。
あの時は、まさか別れることになるなんて思わなかった。
そしてきっと気づいているはずの同期は、気を遣ってなのか誰も私たちの仲に触れてくる事はなく、こうして直接聞かれたのは初めてだった。
「そういう事じゃなくて……」
“私がフラれた”のだけど。
でもちっぽけなプライドが邪魔をして、それは言えない。
「じゃあ何で別れたの?」
重谷くんは容赦なく突っ込んでくる。
何でって言われても、そんなの私が知りたい。
言葉に詰まっていると、田中さんと目が合った。
こんな話、田中さんの前ではしたくなかった。
「何でなのかな……結局縁がなかったんだろうね」
そんな無難な言葉で、そして、もう過去の話だよと言わんばかりにさらりと言って、余裕な女を演じてみる。
でもそう簡単に話を終わらせてはくれない。
「そうかー……いや、アヤちゃんが飲み歩いて凄い事になってるとか合コン三昧だって話で、桜井とはきっと別れたんだろうってウワサにもなったけどさー。オレとしては続いていたらいいなとは思ってたんだけど……そっかー、残念だなー……」
重谷くん、本気で残念がってくれるのは嬉しいけど、田中さんに聞かれたら困る事をいろいろさらっと言ってくれちゃってるよ。
そうちゃんの話はもちろんだけど、何よりも飲み歩いて潰れた話や合コン話は田中さんには知られたくなかったのに。
悪気はないとはいえ、何も田中さんの前で言わなくてもなくても……と参っていると、
「重谷さん、田中さんもいるのにデリカシーなさ過ぎですよ!もう終わった話じゃないですか!」
思いがけないナナミちゃんの助け船に、“ありがとう”……と思ったのは一瞬だった。
「でも田中さんのおかげで優等生アヤさんに戻ったし、田中さんも最近は“超真面目!”ですもんね!それだけアヤさんへの愛が強いって事ですよね〜!」
ナナミちゃん……アナタもデリカシーを見失っているよ。
きっとフォローのつもりだろうけど、少なくとも私に関しては図星なだけに、冗談にもならない。
いくら酔っているからといって、悪ふざけが過ぎる。
お願い、誰かこの子を止めて……
いや、自分で止めるしかない。
「ナナミちゃん!そんな適当な事を言ったら田中さんに失礼だよ!……田中さん、本当にすみません。この子が勝手に言ってるだけなんで、気にしないでください」
「いや、こっちこそ何かごめん」
田中さんまで謝り出し、困ったように笑う。
これだけからかわれたら、ますます意識してしまいそう。
ただ後から振り返ると、この後聞く事になる重谷くんや田中さんの話は、私の心を揺さぶりながらも最後の決断に影響を与えたと思う。
ナナミちゃんには感謝。
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