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田中さん達が席を外し、重谷くんとふたりっきりになった。
「で、本当のところはどうなの?」
呑気にビールを飲む私に、重谷くんは改まった声で聞いてくる。
「ん?何が?」
その声が少し重々しく感じ、何事かと飲んでいるビールジョッキを口から離すと、テーブルへコトンと置いた。
「田中さんとだよ。付き合ってるの?」
「もう、重谷くんまで変な事言わないでよ。ナナミちゃんが勝手に言ってるだけだって」
何だ、またその話か……
はっきりとしないふたりの関係。
まだまだそっとしておいて欲しい。
彼からも同じようにからかわれるのかと思ったら、そうではなかった。
「田中さん、確かに最近変わったとは思うんだよ。本気っぽいし、このまま落ち着くような気もするんだけど、でもさ……」
「でも何?」
視線を逸らし、伏目がちで言いにくそうにするその様子から、その後に続く言葉は大体想像がつく。
「俺は田中さんの事は好きだよ。仕事の面でも尊敬できるし、男同士の付き合いをする分には最高な人だと思う。でも元々がああいうタイプだからさ……大丈夫?」
その“大丈夫?”に合わせて、今度はちらっと私を見た。
「あのね、だから何もないんだって!」
痛いところを突かれたと無意識に感じたのだと思う。
笑って答えてはみたものの、自然と口調が強くなる。
「そう?
確かにふたりのウワサは聞いてたよ。でもただのウワサだと思ってたんだだけど、今日ここでふたりを見てたらもしかしてって思うほどなんだよね。ナナミちゃんの言う事は強ち間違ってないっていうか。だからどうって訳じゃないんだけど」
「でも本当に付き合ってないよ」
「別にいいんだよ、付き合っていても、これから付き合う事になっても。ちょっと気になっただけだから」
多くを語る訳ではないけど、言いたい事は何となくわかる。
きっと心配してくれてるんだろうな。
ただ私だけは本当の田中さんの姿を知っているという思いもある。
でもそれを口にすることがためらわれる。
「ありがとう。でも本当に何もないし、大丈夫だから」
そんな言葉で取り繕う。
「こんな話、田中さんに聞かれたら怒られるな……」
その言葉と苦笑いに何も返すことができず、言葉に詰まっていると、察した重谷くんが冗談で空気を変えてくれた。
「あっ、俺がアヤちゃんの事が好きだから引き止めているとか勘違いするなよー!」
「ごめーん、気づかなかった〜」
調子に乗って私も冗談を言い返し、あーだこーだ言いながら、ふたりでゲラゲラと笑った。
そんなふざけた会話も束の間。
「そうそう、この前桜井が本社に来たのは知ってるの?」
突然出てきた話に息が止まった。
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