恋の入り口?

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田中さん、その噂話に対して何て答えたんだろう。 「直接何か言われたんですか?」 そんな言葉で遠回しに聞いてみる。 「まあそんな感じかな」 「私なんてさっき会社でナナミちゃんに聞いたばっかりで。もう、急に何を言い出すんだろうってびっくりしちゃいましたー」 ここで素直に頬を赤らめて照れる事ができたらいいのに。 反応に困ると笑って誤魔化すのが私の悪い癖。 結局“可愛く照れる”なんて上級テクニックは使えず、ヘラヘラと笑いながら“さも気にしていません”風を装ってしまう。 「さっきも凄かったよね。あれだけ言われるとさすがにちょっと照れるね」 田中さんは、少し照れたように口元を緩めた。 田中さんでもあんな事で照れるんだ…… その表情に今度は私は照れてしまう。 でもその照れは悟られたくない。 顔を見られたらバレてしまう。 「そうですねー。でも全然そんな風には見えませんでしたよ。軽くスルーしてましたよね!」 真っ直ぐ前を見たまま、軽いノリで返した。 「そう?そんな事ないけどな。アヤちゃんこそ完全否定だったね」 「いえ、そんなつもりは……」 そんなつもりは…って、じゃあどんなつもりなんだと自分にツッコミたくなる。 意識し過ぎて一生懸命否定していたなんて言えない。 困ったな…… 言葉に詰まっていると「アヤちゃん」と呼ぶ声が聞こえた。 ぱっと顔を上げると、さっきとは変わって真顔になった田中さんと目が合った。 「アヤちゃんにとってはいい迷惑かもしれないけど、オレは例え噂でも嬉しいって思ってるよ」 「いや、あの、私はただ私のせいでそんな風にウワサされちゃってご迷惑だろうなって思っているだけで……」    「迷惑だなんて思ってないよ。逆に“そうだよ”って認めてしまいたくなる」 その言葉にドキっとさせられ、そして、大きな瞳から発せられる強い目力に吸い寄せられそうになる。 その言葉の意味は? そこに私の望む答えがあるの? そうやって心の隙間にどんどん入ってくる。 そして、ついさっきまでそうちゃんの話で頭がいっぱいだったはずなのに、それを消し去るほどドキドキさせられる。 狡いよ、田中さん。 私はまだそれを受け入れるだけの心の準備ができていない。 「もー、田中さん。すぐにそういう事言うんだから〜」 私は耐えられずに逃げた。 「やっぱり簡単には信用してもらえないよね」 そう言う田中さんの顔はどこか悲しげで、私もそれにつられて胸がきゅっとなった。 「信用していないという訳では……」 田中さんからの直球をかわしてしまうのは、私自身の気持ちがはっきり定まらないから。 聞こえてくるのはそばを通り過ぎる車の音だけ。 この沈黙、居心地が悪い。 すると、田中さんが口を開いた。 「ごめんね。何だかいじめてるみたいだね」 「いえ、そんなこと……」 「ガツガツしてごめんね。しつこくするとまた嫌がられるのもわかってる。でもオレ、はっきり言って余裕がなくなってる」 “また” ————— あの時はからかわれているとしか思えなかったし、何よりそうちゃんというかけがえのない存在があった。 あれから田中さんはとても変わって真摯に接してくれていると感じているし、私もあの頃には想像もできなかった想いを抱えている。 それに“余裕がない”だなんて、女性の扱いに慣れている田中さんの言葉とは思えない。 だからこそ、田中さんは本気なのではないかと期待してしまっている。 「あの時とは状況も違いますから……でも、その……」 何を言ったらいいのか分からず、言葉が続かない。
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