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でもせっかく久しぶりに会えたのに、文句を言って喧嘩をしたくない。
“そうちゃんは転勤前に一度しか見学に行ってないし、きっとよく分かっていないんだろうな”
“一緒に式場巡りをするのが楽しみのひとつなのに……でもそうちゃん、そういうところ鈍いから仕方がないよね”
“そうそう、深い意味なんてないはず”
私は、今にもふつふつと湧き上がりそうな嫌な感情を抑えようと、彼の言葉を良いように解釈して流した。
「じゃあもう少し下調べしてみるから、良さそうな所が見つかったら帰ってきてくれる?」
「オッケー。じゃあ日にちがわかったら教えて」
そうちゃんはそう言いながら手にしていたパンフレットを閉じて他の式場の物と纏めると、さっさと手際良く封筒へ入れてしまった。
そして、「そういえばさー…」と別の話題に変えてしまう。
確かにこの中から決められない。
でもだからといってそんな風に簡単に片付けて、この話はもう終わりなの?
やっぱりね。
さっき私が感じた式への温度差は間違いない。
口では張り切っている風でも結局何気ない行動やふと出る言葉がドライな彼に、私はやるせない気持ちになった。
ただ、私の気持ちは複雑に揺れ動く。
言い方はどうであれ「一緒に行こう」と言ってくれる、彼のその気持ちは嬉しかった。
ほとんどがカップルで楽しそうな中、一人で式場を見学するのはやっぱりさみしい。
それならば「じゃあ一緒に見て回ろう」と言いたいけれど、彼の状況を思えばどうしても頼るわけにはいかなかった。
この一年を無事乗り切れば、そうちゃんは出世を約束されたようなもの。
以前とは違い自信と向上心を持った彼が、この先ビジネスマンとしてステップアップしていく姿を私はずっと見ていたい。
だからこそせっかくのチャンスを無駄にして欲しくない。
私が頑張ればいい。
私さえ我慢すればいい。
また一つ、自分の気持ちに蓋をする。
こうして『良い彼女』になろうとするあまり、ひとりで抱えてしまう私の悪い癖がまた出てしまった。
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