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いろいろとモヤモヤする気持ちがあったけれど、それ以上に久しぶりにふたりで過ごす毎日は楽し過ぎた。
結局そうちゃんは私の前で勉強することはなかった。
夜も気になってなかなか寝付けなかったけれど、毎晩彼の方が先に寝息をたてていた。
きっと私が爆睡している朝にこっそり勉強していたんじゃないかと思う。
楽しい時間はあっという間に過ぎるもので、GWもあと一日。
私は明日、東京へ帰る。
就寝前には暫しの別れを惜しむかのように激しく貪欲に、でも壁が薄いと噂のこのアパート、なるべく静かに求め合う。
そして充分に満たされたはずなのに布団の中で腕枕をされながら彼にぴったりと絡まり付き、まだまだ足りないと言わんばかりに甘える。
彼もそんな私の様子に満足そうな笑みを浮かべながら、キスをしたり抱きしめたり頭を撫でたりする。
そうなるとお互いに火が付き “もう一回……” となる。
性欲強めなそうちゃんと、なんだかんだ言って彼とのエッチが好きな私。
よくもまあ毎日そんなにできるものだと、我ながら妙に感心してしまう。
そんな甘い時間の余韻に浸っているとき。
「あーあ、明日帰っちゃうんだよなー」
そうちゃんは溜息混じりに私を見た。
「そうだよ。さみしい?」
「さみしいに決まってるじゃん!」
「じゃあこのままずーっとここに居ようかな」
「いいねー!そうする?」
私が甘えた声でそうちゃんに抱きつくと、彼は満面の笑みではしゃいだ声を上げた。
あれ?まさかの好感触。
ここで押せば、意外とすんなり話が進むかも。
彼の意外な反応に、これは絶好のチャンスとばかりに飛びついた。
「じゃあ明日の飛行機キャンセルしなきゃ!」
流石にそれは冗談としても、私は明るく調子良く、上手く流れを作ろうとした。
「あはは!あさってから仕事じゃん」
そうちゃんは急に冷静になり、私の言葉を冗談に変えようとする。
私はそんな反応にめげずに食い下がる。
「じゃあもう会社辞めて引っ越して来ようかな」
「残念!ここは単身用だよ」
冗談ぽく言うけれどその声はとても冷静で、私だけはしゃいでいるのが虚しくなる。
でもここまで来ると私も簡単に引き下がることができない。
「じゃあ◯◯(そうちゃんの転勤先)に引っ越す!」
「あっちも狭いからな〜」
最初に見せたはしゃぎぶりは鳴りを潜め、彼はどこまでも冷静だった。
あちらも借上社宅になっていて、そうちゃんは低額で住むことができるそのワンルームマンションに一旦入居していた。
確かにふたりで住むことはできないけれど、一緒に住むことになったらファミリータイプの部屋に引っ越すつもりだった訳だし、ただそういう物件を探せばいいだけなのに。
なんだか私と住むのが嫌みたいで、気分が良くない。
「ねえ、そうちゃんは私と離れてるのはさみしくないの?」
「そりゃあさみしいに決まってるじゃん」
「じゃあ……」
「これからしばらくの間オレが不在がちなのは間違いないし、やっぱりひとりにはできないよ。それにアヤちゃんだって仕事があるんだし……」
「何度も言うけど、私、仕事に未練なんてないよ。すぐに辞めたっていいんだから」
「でもせっかく◯◯課になったんだし、今辞めたら勿体ないよ。ただもう少ししたら辞めてもらわなきゃならないから、それは申し訳ないんだけど……」
「そんなこと気にしないで。いつ辞めたって一緒だよ。だから……」
だから “私は少しでも一緒にいたい”
その言葉を発する前にそうちゃんからトドメのひと言。
「オレも頑張るから、アヤちゃんももう少しだけど頑張って」
結局どう説得しても、彼には響かなかった。
どうして私にそんなに仕事させようとするのかな……
離れていて寂しくないのかな……
この時の私には、彼の心の奥に隠されている優しくもあり複雑でもあるたくさんの想いや考えが全く見えていなかった。
それくらい頭の中が結婚式のことと彼と一緒に住むことでいっぱいだった。
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