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少しの間、ピンと張った静かな空気が流れた。
その沈黙を破ったのは田中さんの声。
「だけど永松には困ったなあ。他に何か言われなかった?嫌な事されたりとか」
さっきのシリアスな話なんてなかったかのようにいつもどおりのトーンに戻り、やれやれといった感じで溜め息混じりに話す。
『田中さんと付き合ってるのかと聞かれました』
それを言ったら、田中さんは何て言うだろう。
でもそんな試すようなことなんてできない。
そういう駆け引きのようなことは得意ではないし、したくもない。
「言われたのはそれだけですよ」
結局聞けなかった。
「そう……それならいいんだけど。まあオレにとっては、それだけでもいい迷惑なんだけどね」
田中さんは軽い溜め息のように息を吐くと、困ったように笑った。
それに対して否定も肯定もできず、お茶を飲むフリをしてやり過ごす。
でもこれでは私が意識しているのがバレバレ。
何か話さなければ。
「けど、永松さん、何でわざわざそんなウソを言ったんでしょうね」
精一杯平常心を装って顔を上げた。
「アヤちゃん、きっと永松に気に入られちゃったんだろうな」
苦笑いする田中さんのその表情は、何故か『かわいそうに』と言いたげに、少し哀れんでいるようにも見える。
「そんなわけないじゃないですか〜。大体その時初めて話したんですよ?」
「でも向こうはアヤちゃんの事を知っていたわけでしょ?気をつけた方がいいよ。アイツちょっと問題児だから」
「問題児?」
「いろいろとね……ちょっと心配だな。
困った事があったら言ってね。何とかするから」
「ありがとうございます」
問題児……
確かに怪しさ満点の人だった。
この人の登場で、田中さんと私の距離はますます近づいていく。
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