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それからというものの、よく永松さんに話しかけられるようになった。
親しくもないのに馴れ馴れしく話しかけてきたり、随分前に流行った芸人さんの持ちネタをしつこく言われたりしてだんだんと疎ましく思った私は、永松さんを避けるようになった。
そんなある日のロッカールームでのこと。
ちょっと早めに残業を切り上げ、久しぶりに洋服でも見て帰ろうかとメイク直しをしている時だった。
「そういえばアヤさん、最近永松さんにロックオンされちゃってますねぇ」
仲良しの後輩、ナナミちゃんから話かけられた。
ナナミちゃんはあの、ヤケクソになっていた時の合コン友達。
そうちゃんと別れたと知ったナナミちゃんから、“お食事会”という名の合コンによく誘われていた。
田中さんを意識し出して誘いを断るようになった時には『カレができたんですか〜?』と散々聞かれ、上手くごまかすのが大変だった。
「やめてよー。ホント困ってるんだから!」
もう冗談も返せないくらい永松さんの言動は迷惑だし、うんざりしている。
それでもナナミちゃんはクスクス笑いながら私をからかい続ける。
「モテモテですね〜」
「もうそういうのとは違うから!あんなのただの嫌がらせだよ」
「でも永松さん、あの田中さんに戦いを挑むなんて、なかなかのチャレンジャーですよね」
ナナミちゃんはさも意味ありげに言うと、ニヤっとしながらこちらをチラリと見た。
突然出てきたその名前にドキっとさせられる。
「どうしてそこで田中さん?」
努めて冷静に、そして“何のお話ですか?”と言わんばかりに、しれっと言葉を返した。
心の中では“ナナミちゃんは一体何を知ってるの?”と慌てふためく。
「またまた〜。知ってますよ!田中さんと付き合ってるんですよね?」
その言葉を聞いて、メイクを直す手が止まった。
ナナミちゃん、突然何を言い出すの?
勢いよく振り向くと、ナナミちゃんは首を傾け、ニンマリとしていた。
「えっ?付き合ってないよ」
「も〜隠さなくてもいいですって!」
「本当に付き合ってないってば!」
20代半ばの彼女の言葉に何故か焦る『大人』なはずの私。
精一杯余裕を見せようとしてみるけど、もしかしたらこのドキドキは見透かされているかもしれない。
「え〜、でも、アヤさんがストーカーされていて、デート中に田中さんがその男と対決したって聞きましたよー」
「何?その話。初めて聞くんだけど」
よかった。
私の気持ちに気づかれた訳ではないんだ……
大体私のストーカーになるほどの暇人も物好きも存在しない。
あまりにも現実からかけ離れた話に安心して笑い飛ばした。
それでもナナミちゃんの口から驚きの話がどんどん湧いて出てくる。
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