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その声にナナミちゃんと同時に振り返ると、そこには田中さんと重谷くんの姿が。
声の主は田中さんだった。
ついさっきまで話題になっていたふたり。
タイミングが良いのか悪いのか……
動揺で脈が早くなる。
「お疲れさまです」
「お疲れさまでーす!」
私の気取った声とナナミちゃんの元気な声が被る。
「お疲れさま」
ナナミちゃんや重谷くんがいるからなのか、田中さんは仕事モードの少しクールな笑顔と声で返してきた。
私もこの気持ちを誰にも気づかれまいと、自分なりの営業スマイルで頑張る。
「田中さん達ももう終わりなんですか?」
「うん。仕事は溜まってるんだけど重谷が飲みに行こうってうるさくてね。アヤちゃんもこんなに早いのは珍しいね」
「私も今日は諦めました」
そんなやり取りをしていると、ナナミちゃんがこっそりと私の腕を指でツンツンしてきた。
きっと私を冷やかしているのだろう。
そんな事をされたら、余計に意識してしまう。
そっとしておいて欲しいな……と、その指先を無視した。
「俺達今から飲みに行くんだけど、良かったら一緒にどう?」
そんな突然の田中さんからの誘い。
行きたいけれど、さっきの“ツンツン”が返事をためらわせる。
ナナミちゃんは、そんな私にお構いなく
「いいんですか〜行きますー!ねっ?アヤさん」
さっさと返事をしてしまった。
ちょっとナナミちゃん!勝手に決めないで!
困るよ……
「私は……」
はっきりと断りの言葉を口にするのは気が引け、その後に続く“今日はやめておくね”の言葉を濁し、ナナミちゃんに目でアピールした。
でも彼女はそれを無視して、
「いいじゃないですかー。行きましょうよ!」
「何だよ、珍しく付き合いが悪いなー。久しぶりに行こうよ!」
重谷くんと一緒になって熱心に私を誘う。
大体“珍しく”だなんて、まるでしょっちゅう飲み会に顔を出しているみたいじゃん。
……なんて、少し前の自分をすっかり忘れている私。
ナナミちゃんの視線を気にしながら田中さんと一緒に過ごすのは気恥ずかしいし、どんな風に田中さんと接すればいいのか悩む。
どうしようかな……
悩んでいると、田中さんと目が合った。
その目で見られたら断れない。
「じゃあちょっとだけ……」
私の返事に満足げな重谷くんとはしゃぐナナミちゃんに引っ張られるようにエレベーターに乗り込み、4人で駅前の居酒屋へ向かった。
この珍しい組み合わせの飲み会。
最初は気乗りしなかったけれど、結果としては行って良かったと思う。
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