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すれ違う想い
“オレの器の小ささにがっかりすると思う”
彼のそんな言葉に戸惑った。
器が小さい?
がっかりする?
それが嘘とどう繋がるんだろう。
とにかくそうちゃんの話をよく聞こう。
彼の目をじっと見て「聞かせて」と言うと、彼も覚悟を決めたのか目力が増し、大きく深呼吸をしてから落ち着いた声で話し始めた。
「本当は研修が最初に聞いていたよりも早く終わるってことは、内示の時からわかってたんだよ」
「えっ?そうなの?!」
そんなに前から私に嘘をついていたの?
にわかには信じられず、感情が追いつかない。
「うん……黙っててごめん。
それなら最初から一緒に来て欲しいと思ったよ。でもひと月に会える数日のためだけについてきてもらうのは勝手過ぎるんじゃないかって。前にも話したけど、知らない土地にほとんど一人にしておくのもやっぱり心配だったし……仕事をしながらお父さん達のそばにいてもらった方が安心だと思ったんだ」
「だったら半年後にって言ってくれたらよかったじゃん?」
「もちろん最初はそう思ったよ。ただオレ自身、研修を前にしてどうなるかわからない不安もあった。それに……」
「それに?」
「アヤちゃんが◎◎課へ異動になったこともある。アヤちゃんの頑張りが認められてオレもすごく嬉しかったんだよ。
だから自分勝手に連れて行って結局ひとりにしてさみしい思いをさせるくらいなら、少しの間だけだとしても仕事を頑張って欲しかった」
「何度も言ったけど、本当に仕事になんて未練はないんだよ。仕事と家庭の両立なんて自信がないし、例えそうちゃんが本社勤務だったとしても遅かれ早かれ仕事は辞めたと思うよ」
私もそうちゃんも母親は専業主婦だった。
だから、共働きで出産育児をするイメージができない。
そもそも私は両立できるほど器用ではないし、早いうちに限界が来て退職したと思う。
「でも希望してた部署じゃん?
それに◎◎課ってやっぱり凄いと思うよ。せっかく与えられたチャンスなのにもったいないし、頑張って欲しかった。そう思ったら“半年後に”なんて言えなくて……
話を聞いていても順調そうだし、やっぱりあの時言わなくて良かった、このまま続けるべきだって思ってた」
あくまでもそうちゃんは落ち着いている。
でもその時、私は彼の微かな動きを見逃さなかった。
「……ねえ、そうちゃん。それ本音?」
「本音だよ!本当にそう思ってたよ」
彼はムキになって言い返す。
でも私にはわかる。彼は無理をしている。
「そうちゃんって本当にわかりやすいね。
自覚はないだろうけど、そうちゃんが嘘ついたりごまかしたりする時、キョロキョロって目の動きが早くなるの。
やっぱり離れてるとダメだね、電話じゃわからなかったよ……」
「本当にそう思ってるよ!嘘じゃない!」
「ううん、そうちゃんは嘘をつける人じゃない。だから今回の事、もっといろんな理由があるんだろうなって思ってる」
「アヤちゃんはオレが落ち着いたって知ったらすぐにでも仕事を辞めたでしょ?辞めさせるわけにはいかなかったんだよ。だから嘘をつかざるを得なかった。本当にそれが理由だよ」
彼は一生懸命取り繕うけど、必死過ぎてかえって不自然。
さっき目の動きを指摘したからか、目も合わせようとしない。
「そうちゃん……本当にそれでいいの?我慢してやり過ごして、このまま結婚できる?
お願いだから言いたいことはちゃんと言って。私、絶対に怒らないから」
「でもそれを言っても言い訳になるだけだから……」
「言い訳でもいいよ。そうちゃんの考えていること、聞かせて欲しいの」
その私の言葉に彼は顔を上げた。
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