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「伊織ったら」
彩華にかまわず応接室を出る。足早にオフィスの出入口に向かおうとして足が止まる。
ふわふわと肩までの髪が揺れる。丸く愛らしい瞳がこちらを見つめて立ち尽くしている。
「戻って来たのか……?」
七緒は頷き、間に置かれたデスクを避けながら俺の方へと歩いて来る。
「伊織、この方なの?」
背後から彩華が問いかける。七緒を一緒に暮らしている女性だと、すっかり勘違いをしたらしい。
「七緒、おいで」
「え……っ、はい」
不意に名前で呼ばれた君が、素直に俺の隣に並ぶ。七緒に笑いかけるとまた頰を紅く染める。
七緒に耳打ちをして囁く。君は唇の端をぎゅっと上げて俺を見て頷く。
「婚約者の七緒さんだ」
いつまで続く。アンフェアが俺を嘲笑う気がする。
「残念だわ、さよなら」
出て行く彩華を確認すると、隣にいた七緒が深い息を吐いてへなへなとその場にしゃがみ込む。
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