鈍感力の行方

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 「卒業生、入場」  いつも陰気で暗いイメージの教頭が、今日ばかりは背筋を伸ばして凛とした声で読み上げたセリフに、あぁ教頭ってこんなだっけと場違いなことを思った。  その分他のみんなより一歩出遅れて、後ろの奴から西村おせーぞ、と急かされた。  わり、と一声告げてから、重たく感じる足を一歩踏み出す。  なんでだろう……あんなにどうでもいいと思っていたのに、今になって卒業が嫌だなんて気持ちが込み上げてきた。  それでも今、逃げ出せるわけでもないことは百も承知なわけで、俺はカクリと力の抜けそうになる膝に力を込めて出した一歩に体重をかける。  常にはない踏み心地にまた足が重くなった気がする。  体育館いっぱいに敷き詰められた、薄いエメラルドグリーンは、昨日後輩たちが用意したものだろう。  その後輩の一人にアイツも入っていたのかなと思うと、一生懸命敷いてる姿が浮かんで片頬だけ笑みを浮かべてしまう。  それなのに一歩踏み出した先、ギュッと上靴と擦れる感触がいつもと違って少し不快だと思ってしまった。  まるで、うっかりガムを踏んでしまったかのような気さえする。  あの時の、やっちまった、って感じがして余計に嫌気が差してきた。
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