第2話

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第2話

第2話:ゴールデンウイークの少し後のこと。  今年のゴールデンウイークは、世間では特別の意味をもっていたようだ。そのおかげでいつも以上の大型連休だったけど、ママのお仕事はそんな大型連休なんて関係なく、いつものように展開していた。  日中はお仕事に行って、帰ってきてからは携帯電話にかかってくるお仕事の対応をしている。少し何もしない時間を作って休んでもいいじゃないかなって思うけど、ママはお仕事も楽しいって言っている。なので、私はもっぱらママを見守るだけで、それ以上の事は何もしない。  今日は土曜日。明日渡すプレゼントのため、色画用紙を昨日のうちに買ってきておいた。  その前に、宿題をしなくてはいけない。ワカは、テーブルに座って、画用紙にクレヨンでお絵かきをしている。 「今日はお天気だから、お洗濯たくさんしよう!」と、おしゃべりしながら、時々歌を歌いながら。ぐるぐると丸を描き、その真ん中に点で描いた目と口がある。そこに四角い胴体と棒の手足が加わった。そのとなりには洗濯機なのだろう、「お洗濯しますよ~」と言いながら、水色のぐるぐるが激しく描かれている。絵の真上の方には目と口のある太陽があり、その隣には物干し竿にかけられているお布団のような四角い洗濯物が描かれていた。   うん。ワカはかわいい。  と、そのときだった。ふと視界の隅をうごめくものがいた。私は目を疑った。去年の引っ越し以降、我が家であれを見たのは初めてだ。 いや 、なんて言うか、それを言葉にするのも怖いあれだ。 少し前の理科の授業で言ってたけど、あれは三億年以上前の古生代からその姿をほとんど変えていないらしい。その昆虫とだけは言っておきたい。  そう言えば、この前あまり家には来ないお客さんが来ていたけど、そのときにその人の服についていたんだろうか。いや、今はそんなことよりも、そんなことよりも、この緊急事態をどうするかの方が大切だ。    私はとりあえず、半ば叫び気味に、二階で休んでいるママを呼んだ。  「ママ!ママ!これどうにかして!」  ママは、  「どうしたの?」  と言ったあとで、あれの存在を確認したところで、ママは「イヤー」や「コワイー」や「キモチワルイー」と叫び始めた。 うん。ママ、わかるよ。私も同じ気持ちだから。  ママが言葉にしたことで、その言葉の意味とあれの存在の意味するところが見事に一致して、さすがに顔がゆがむ。    しかし、そこですごいのはワカだった。あれの存在よりも、私とママの反応をみて、その表情をみて泣き出した。 ワカは泣き出すとなかなか止まらない。泣き出して暴れ出したワカは、私の靴を玄関から持ってきて、それをあれに投げつけた。投げつけたそれは、一撃であれにクリーンヒットした。   ・・・・って、あれ?これ、そもそも動いていない。死んでるんだろうか。いや、よく見るとプラスチックに塗装をしたような跡がある。そう言えば・・・昨日、おじちゃんが来ていた。 いわゆる、びっくり玩具を仕掛けられていたのだ。  ほっとした瞬間、笑いがこみ上げてきた。つられてママもワカも笑い始めた。  その後、玩具とは言え、あれの形をした物をさすがに素手でつかむ事なんて出来ない。取り出した3枚のティッシュでくるんでゴミ箱に捨ててさよならした。  去年の大変さから考えれば、今はなんて穏やかなんだろう。なんてゆっくりと時間が流れているんだろう。  私はもう一度机に向かって、鉛筆を削って、目の前の宿題をすませた。  その後、赤い画用紙を、細長く凹凸のあるカーブをつけて切り取って、 緑色の画用紙は鉛筆のように丸めたものと葉っぱの形に切り取って、それらを糊でくっつけて、花の形にした。同じ物を三本作った。    そして、メッセージカードはどうしようか。伝えたいことはたくさんあるけど、どんな言葉が良いだろうか。   私の伝えたいことを頭のなかで組み立てるとこうなる。  本当に苦労してきたね。本当に悲しかったね。私、夜に独りで泣いていることも知っているよ。私、無理に笑顔を作っていることがあることも知っているよ。 全部投げ出して、ワカと私を連れて逃げ出そうとしていたことも知っているよ。 だから、これからは辛いときも悲しいときも一緒に泣こうよ。嬉しいときには一緒に笑おう。 私はママとワカがいるこの家が好き。だから、もう独りで抱えなくていいんだよ。  となるんだけど。でもそれを文字で言葉で伝えるのは少し恥ずかしい。いつかそれを冷やかされるかもと思うと特にね。 だから、メッセージカードには「いつもありがとう」とのみ書いた。書かれた文字の背景にある、書いてない文字に気づいてくれることを少しだけ願って。  明日は、5月の第2日曜日。 母の日だ。  ママへ  「いつもありがとう。」
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