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第5話
第5話:夏の思いで
夏休みだ。この長い休みの日々は、海や山のレジャーで目白押しだ。ただし、それはテレビの中ではの話だ。
ママは、夏休み中にお出かけのプランを考えてくれているようだ。でも、どこに連れていってくれるかは教えてくれない。
「アカとワカが好きそうな所。新幹線とお船に乗るよ。でも、つくまで内緒。内緒だよ。きっと喜ぶよ。」
と言うだけで、何も教えてくれない。一体どこに連れていってくれるんだろう。
今日も昨日も、私は自宅で留守番。ワカは保育園。ママはお仕事。そんなわけで、私はテレビを観ながら夏休みの宿題を始めた。鉛筆削りを回しながら、普段は学校に行っていて観ることが出来ないアニメ番組を観ていた。
民放のチャンネルでは、夏休み特別こども劇場として、昔のアニメ番組が流れていた。いつの時代のアニメなんだろう。音も映像もかなり古い感じがする。
私が見たお話は、主人公の男の子が、トンビに襲われそうになっている妖精を助けたところから始まっていた。
「助けてくれてありがとう。お礼におまじないをかけてあげる。」
といって、妖精は少年が4つ持っていたあめ玉におまじないをかけた。
「赤色のイチゴの味のあめ玉をなめると、身体が強くなって病気が良くなるよ。青色のソーダ味のあめ玉をなめると、美味しいものがたくさん食べられるよ。黄色のレモン味のあめ玉をなめると、少しだけお金持ちになれるよ。白色のミルク味のあめ玉をなめると、イヤなことを忘れられるよ。」
半信半疑の面もちの少年は、
「ほんとなの?」
と聞いた。
「ほんとのほんと。」
と言って、妖精は「またね」と背中の羽をパタパタさせて、どこかへ飛んでいった。
せっかくだから、自分のために使わずに、誰かのために使おうと決めた少年は、まずは、喘息がひどくて、いつも顔色が悪くって、かけっこするとすぐに呼吸が苦しくなる隣の家に住むお友達に赤色の飴をあげることにした。
「トモくん、これとってもおいしいよ。」
とだけ言って、妖精のおまじないがかかっていることはあえて言わなかった。だって、そんなことを言っても誰も信じてくれそうになかったから。翌日、トモくんが少年のところにやってきた。
「昨日のイチゴ味の飴、とっても美味しかったよ。それにね、不思議なんだけど、息をするのが楽なんだ。少しくらいなら走ることもできそうだよ。」
と、顔色がよくなって、笑顔も多くなったトモくんが言った。
次に少年は、青色のあめ玉を、近所のおばあちゃんにあげた。おばあちゃんは、一人暮らしで、どこかいつも寂しそうだ。
おばあちゃんは翌日、
「あら、昨日はあめ玉をありがとう。あの後、不思議なことが起こってね。いつもの夕ご飯のじかんになったら、出て行ったっきりの息子が帰ってきてね、一緒に夕ご飯をたくさん食べたよ。あんなにおいしい食事は生まれて初めてだった。」
と言った。どうやら、あめ玉の効果は本物らしい。
次に、黄色のあめ玉を、路上でいつもギターを弾いているお姉さんにあげた。おねえさんの路上ライブを立ち止まって聴いている人はあんまりみたことがない。でも、それでもお姉さんは音楽が好きなようだ。雨の日も暑い日も、毎日毎日同じ場所で演奏していた。
おねえさんは翌日、
「昨日はレモン味のあめを玉をありがとう。あのレモンの味が口の中に広がっていくとね、なんだかお金のために演奏するのが馬鹿馬鹿しくなっちゃって、肩の力を抜いて、自分の好きな曲を自分の好きなように演奏したの。そうしたら、立ち止まって聴いてくれるお客さんが少し増えてね。おかげで、ちょっとだけ儲けが増えたの。不思議ね。」
と言った。
最後に残った、白いミルク味のあめ玉はどうしようか。そうだ、あの人にあげよう。
その人は、昔はすごくモテモテの人だったけど、今は普通。最近はいつもイライラしててちょっとつき合いにくい。そして、こんなことならすべて忘れてしまいたい。といつも言っていた。忘れることで心が楽になってイライラしないんだったら、その方が幸せだろうと思った。
白いあめ玉を手渡すと、「ありがとう」と言って、その場で口の中に入れた。 翌日、その人は、なぜか相変わらずイライラしていた。少年が「どうしたの?イライラなくならなかったの?」と尋ねたところ、「大切だったものが思い出せなくてイライラしている。」とのことだった。少年は忘れることがいいことなのか悪いことなのかわからなくなった。
そこに再びあの妖精が現れて、
「あなたはとても優しい人なのね。おまじないをひとつも自分のためには使わなかった。だから、特別なことを教えてあげる。
誰かの幸せを願うこと。それは目には見えないけど、すごく優しい力を生み出すの。だから、願うことをいつでも忘れないでね。」
と言って、妖精はまたどこかへ飛んでいった。
アニメのお話は、これで終わった。
私なら、誰にあげようかな。自分自身が食べるのも良いけど、でも、周りの人に幸せになってほしいしね。
そうだ。赤色のイチゴの味のあめ玉をおばあちゃんにあげて、おばあちゃんのリウマチの痛みが和らぐようにしよう。
青色のソーダ味のあめ玉をワカにあげて、大好きな生クリームたっぷりのチョコパフェやイチゴパフェをたくさん食べてもらおう。
黄色のレモン味のあめ玉をママにあげて、お仕事が上手くいって、今よりも少しだけお金持ちになってもらおう。
白色のミルク味のあめ玉は・・・・これはどうしようか・・・。
悲しいこと、辛いことを、私も忘れてしまいたい。でも、でも、楽しい思いでもあった。嫌な思いもたくさんした。怖い思いもたくさんした。そういうことも確かにあった。でも、そんな思い出だけじゃない。だって、ワカとママと私で乗り越えてきた道だから。
それは忘れちゃいけないって思う。 ・・・でも、少しだけ、ほんのひとかけらだけ、ワカとママと私でなめてみても良いかもしれないね。
それから3日後、私たちは朝早くに起きた。1泊2日用の荷物を持って、自宅からタクシーに乗って、K市駅の新幹線乗り場まで行って、新幹線に乗って広島に向かった。新幹線の中で食べたタマゴサンドイッチは美味しかった。広島駅からさらに高速バスに乗って忠海と言うところからフェリーに乗った。潮の香りと水面にきらきらと輝く日の光がまぶしかった。
自宅から約5時間かかって着いた場所は、瀬戸内海に浮かぶ大久野島。別名ウサギ島だ。
フェリーを降りて少し行くと、ウサギたちが出迎えてくれた。茶色や白色や黒色やベッコウ模様のすごい数のウサギさんたち。将来ウサギさんになりたいというワカの喜びようはすごい。ワカはその小さな身体を存分に使って飛んだりはねたりと、喜びをいっぱい表現していた。私も動物は好きだ。うさぎのなかでは、耳がぴんと立っている感じの、不思議の国のアリスやピーターラビットに出てきそうなウサギが好き。ふくふくしていて、本当にかわいい。
休暇村で宿泊することになった私たちは、そこで瀬戸内海の海の幸をたくさん食べて、広い露天風呂に入って、のんびりと過ごした。
翌日はやや曇り空だった。お昼ご飯を休暇村で食べて、帰る準備を始めたのだけど、ワカが帰りたくない!私ここでウサギさんと暮らす!と言っていたが、「またみんなで絶対にこようね。」とママと私で説得したけど、そのうち泣き出して、そのうち疲れて眠ってしまった。
私は、これから雨になると、ウサギさんたちはどうやって夜を過ごすのだろうかと心配だった。
それを察して、ママが、
「アカ、大丈夫だよ。地面に掘った巣穴で、暖かくして過ごしているよ。」
と言ってくれた。
うん。それなら安心だ。ここは良いところだ。ウサギさんもかわいいし、食事も美味しい。
「ママステキなところに連れてきてきてくれてありがとう。」
と言って、少し恥ずかしいけど、ママに抱きついた。
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