第7話

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第7話

第7話:晩秋  自宅から20分ほど歩いたところに、大きな神社がある。 そこはかなり大きな敷地で、大きな池がいくつかある。蓮池、睡蓮池、そして鯉が泳いでいる特大に大きな池には、水上橋がある。それに散歩道も見事だ。春には桜や、ツツジが咲き誇る。 私は散歩道の一角にある銀杏の木のたもとにいた。すべての葉っぱが黄色になっていて、木漏れ日がきらきらと池の水面に写ってきれいだ。私はこのきらきらがとても好き。  もうすぐ、あの人の誕生日だ。 あの人は、こんなきれいな時期に産まれたのだと思うと、いくつも救いがあったのにって思う。  あの人は、私のパパになろうとしてくれた人だ。ママが一度は好きになっていた人。だから、私も好きになろうとしたし、好きになった部分もあった。  でも、ママはひどい目に遭っていた。ひどい扱いを受けていた。痛めつけられて、怖い思いを続けて、そうやってあの人は暴れるだけ暴れていた。 でも、きっかけがわからないまま、真逆の優しさでママに接していた。  ママは、記憶が曖昧になるほど辛い思いもしていた。  私はわからなかった。ママが好きな人だから、それでも私は好きになろうとした。  でも、優しい時を続けてもらうために、機嫌取りもした。  でも、それでもダメだった。何がダメだったのだろう。何度も繰り返していたけど、その最後に暴れた夜、その人は出て行った。    何がダメだったのだろう。   ママは泣いていた。  ずっと泣いていた。  ずっとずっと泣いていた。  連絡が付かないまま数日がたったある日、警察と病院から連絡があった。その人は突然の病気で命をひきとり、天国に旅立っていた。  その後、あの人が命以外に残していったすべてのことを、ママが一人で片づけていた。  あの人と一緒に住むはずだった今の家に、あの人は一度も入ることなく、旅だった。 ママは泣いていた。 ずっとずっと泣いていた。  私は、笑えなくなっていた。  何が幸せの道だったのだろう。  何がいけなかったのだろう。  どうすればよかったのだろう。  もう笑えない。  笑顔なんてもう作れない。  きっともうずっと笑えない。    笑顔なんてもういらない。  ママはずっと泣いていた。  ワカも泣いていてた。  ワカは言葉もなく泣いていた。  ずっとずっと。  ずっとずっと。  私は、心をなくしたように、何日も何日も過ごした。  どれくらい経ったのだろう。  もうわからなくなっていた。  でも、ある日、私が泣いていたら、ママが笑えないことに気づいた。  私が泣いていたら、ワカが笑えないことに気づいた。  どうすれば良かったのかなんて、答えは見つからないまま。  もともと、答えなんて見つからないのかもしれない。  でも、あまりにも悲しい。  あの人にめちゃくちゃにされたことを、恨みきることもできない。  でも、あの人を心から好きとも言えない。  ただただ、ママを解放してあげてほしい。  ママの心に安らぎをあげてほしい。  だから、  だから、私は、もう泣かないと決めた。  でも。  でも・・。  きらきらと輝く銀杏の葉、きらきらと輝く銀杏の水面をみていると、涙が溢れてきた。  今日は笑えそうにもない。 涙を拭いて、溢れてくる涙を何とかこらえて、自宅に帰ってきた。  保育園の迎えに行った帰りか、あわただしくママとワカが玄関で私を出迎えてくれた。 ワカが 「お姉ちゃんお帰り。お姉ちゃん大好き。」 と満面の笑顔で言った。  ママが 「アカ、お帰り、今日はどうだった?」 と笑顔で私に言った。  この笑顔のために、私は強くならなきゃって思っているのに・・・。  私はこらえきれなくて泣いてしまった。わんわんと泣いた。  「ママ、ごめん。もう泣かないって、決めたのに・・・。」  声は途切れ途切れだった。  「ママ、難しいよ。泣かないって、難しい。だから、ママ、本当にごめんなさい。」  ママは、右手で私をぎゅっと抱きしめた。左手で、ワカをぎゅっと抱きしめた。  そして、ママは声もなく泣いた。 しばらくの間、ずっとそうやって泣いていた。  翌日、腫れている眼を見て、泣きすぎたと反省していた。  そして、天国に旅だった人のことを思った。答えなんか出ない。  答えなんかもともとないのかも知れない。私は、泣かないって決めてるけど、泣くことを我慢することは難しい。今の私は、まだ処理できない。  私が頑張ってママを助けなくっちゃって思う。 でも難しいときがある。本当に難しい時があるの。 だから、そんなときは甘えさせて。  ママごめんね。涙が止まらないことがある。そんなときはまた泣かせてね。泣き虫な私を許してね。  ママ、ごめんね。  ママ、大好きだよ  ワカ、ごめんね。  ワカ、大好きだよ  3人で幸せになろうね。  絶対に幸せになろうね。  あの銀杏の木は、昨日と同じようにきらきらと輝いていた。 私も、あの銀杏の木のように、どんなことがあっても、そこで輝けるように強くなりたい。
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