19人が本棚に入れています
本棚に追加
第7話
第7話:晩秋
自宅から20分ほど歩いたところに、大きな神社がある。
そこはかなり大きな敷地で、大きな池がいくつかある。蓮池、睡蓮池、そして鯉が泳いでいる特大に大きな池には、水上橋がある。それに散歩道も見事だ。春には桜や、ツツジが咲き誇る。
私は散歩道の一角にある銀杏の木のたもとにいた。すべての葉っぱが黄色になっていて、木漏れ日がきらきらと池の水面に写ってきれいだ。私はこのきらきらがとても好き。
もうすぐ、あの人の誕生日だ。
あの人は、こんなきれいな時期に産まれたのだと思うと、いくつも救いがあったのにって思う。
あの人は、私のパパになろうとしてくれた人だ。ママが一度は好きになっていた人。だから、私も好きになろうとしたし、好きになった部分もあった。
でも、ママはひどい目に遭っていた。ひどい扱いを受けていた。痛めつけられて、怖い思いを続けて、そうやってあの人は暴れるだけ暴れていた。
でも、きっかけがわからないまま、真逆の優しさでママに接していた。
ママは、記憶が曖昧になるほど辛い思いもしていた。
私はわからなかった。ママが好きな人だから、それでも私は好きになろうとした。
でも、優しい時を続けてもらうために、機嫌取りもした。
でも、それでもダメだった。何がダメだったのだろう。何度も繰り返していたけど、その最後に暴れた夜、その人は出て行った。
何がダメだったのだろう。
ママは泣いていた。
ずっと泣いていた。
ずっとずっと泣いていた。
連絡が付かないまま数日がたったある日、警察と病院から連絡があった。その人は突然の病気で命をひきとり、天国に旅立っていた。
その後、あの人が命以外に残していったすべてのことを、ママが一人で片づけていた。
あの人と一緒に住むはずだった今の家に、あの人は一度も入ることなく、旅だった。
ママは泣いていた。
ずっとずっと泣いていた。
私は、笑えなくなっていた。
何が幸せの道だったのだろう。
何がいけなかったのだろう。
どうすればよかったのだろう。
もう笑えない。
笑顔なんてもう作れない。
きっともうずっと笑えない。
笑顔なんてもういらない。
ママはずっと泣いていた。
ワカも泣いていてた。
ワカは言葉もなく泣いていた。
ずっとずっと。
ずっとずっと。
私は、心をなくしたように、何日も何日も過ごした。
どれくらい経ったのだろう。
もうわからなくなっていた。
でも、ある日、私が泣いていたら、ママが笑えないことに気づいた。
私が泣いていたら、ワカが笑えないことに気づいた。
どうすれば良かったのかなんて、答えは見つからないまま。
もともと、答えなんて見つからないのかもしれない。
でも、あまりにも悲しい。
あの人にめちゃくちゃにされたことを、恨みきることもできない。
でも、あの人を心から好きとも言えない。
ただただ、ママを解放してあげてほしい。
ママの心に安らぎをあげてほしい。
だから、
だから、私は、もう泣かないと決めた。
でも。
でも・・。
きらきらと輝く銀杏の葉、きらきらと輝く銀杏の水面をみていると、涙が溢れてきた。
今日は笑えそうにもない。
涙を拭いて、溢れてくる涙を何とかこらえて、自宅に帰ってきた。
保育園の迎えに行った帰りか、あわただしくママとワカが玄関で私を出迎えてくれた。
ワカが
「お姉ちゃんお帰り。お姉ちゃん大好き。」
と満面の笑顔で言った。
ママが
「アカ、お帰り、今日はどうだった?」
と笑顔で私に言った。
この笑顔のために、私は強くならなきゃって思っているのに・・・。
私はこらえきれなくて泣いてしまった。わんわんと泣いた。
「ママ、ごめん。もう泣かないって、決めたのに・・・。」
声は途切れ途切れだった。
「ママ、難しいよ。泣かないって、難しい。だから、ママ、本当にごめんなさい。」
ママは、右手で私をぎゅっと抱きしめた。左手で、ワカをぎゅっと抱きしめた。
そして、ママは声もなく泣いた。
しばらくの間、ずっとそうやって泣いていた。
翌日、腫れている眼を見て、泣きすぎたと反省していた。
そして、天国に旅だった人のことを思った。答えなんか出ない。
答えなんかもともとないのかも知れない。私は、泣かないって決めてるけど、泣くことを我慢することは難しい。今の私は、まだ処理できない。
私が頑張ってママを助けなくっちゃって思う。
でも難しいときがある。本当に難しい時があるの。
だから、そんなときは甘えさせて。
ママごめんね。涙が止まらないことがある。そんなときはまた泣かせてね。泣き虫な私を許してね。
ママ、ごめんね。
ママ、大好きだよ
ワカ、ごめんね。
ワカ、大好きだよ
3人で幸せになろうね。
絶対に幸せになろうね。
あの銀杏の木は、昨日と同じようにきらきらと輝いていた。
私も、あの銀杏の木のように、どんなことがあっても、そこで輝けるように強くなりたい。
最初のコメントを投稿しよう!