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第一話 あすみ
見覚えがあると思った。
あすみが送ってきたこの小さな猫型ロボットのような物を見て思った。
彼女と離れ離れになってから、この贈り物の封を開けるのにとても時間がかかってしまった。
冬のある日、僕は彼女に置き去りにされてから不幸な未来が決まってしまったようで、現実を受け入れることができなかった。
彼女を責めることはしないけれど、僕には準備ができていなかったんだ。
無限に続くと信じていた。
優柔不断な僕をいつも導いてくれて、それでいいよと許してくれた。
リセットボタンのようなものをロボットの背にみつけて、押さずにはいられなくなった。
何が起きるか見当もつかなかったので、少しの勇気をふりしぼってボタンを押してみたものの、身動き一つしないロボットを目にして僕は肩を落とした。
するとしばらくしてソロバンをはじくようなカチカチという音がネコから響いてきた。
「欠陥品なのかなぁ」
「おしゃべりしよう!」
ロボネコは突然快活な声でそう言った。
「僕は未来からやってきたんだよ!」
「そ、そうなんだ」
僕は応えに困った。
「合言葉は?」
「・・・・・・」
ロボネコは煮え切らない態度の僕を前にして止まってしまった。
「はあ・・・」
僕も同じようにロボネコに関心が薄れてしまい、猫背のまま溜め息をついた。
ネコをこよなく愛するあすみが、このロボネコを選んだことは不思議ではないが、今ひとつそれを僕に送ってきた狙いがわからなかった。
あすみとまだ肩を並べて歩いていた頃、自立心のあるしっかり者の彼女は、僕の行動パターンをよく把握していて、僕の集中力が切れたときにきまって顔を覗き込んで来た。
「五分休憩にする?」
ダイエット中だった僕は、毎日決まった時間筋トレをさせられていたのだが、息が上がって動けなくなってしまった。
「いいの?」
「いいよ」
手に余る子供をみるような顔をして僕を許してくれる。
初対面の他人はそんな僕らの関係を目にすると呆れた顔をしたものだが、僕らはお構いなしだった。
不幸な事故で幼い頃に両親を亡くしたあすみにはお兄さんが一人いる。
「後悔するよ」
お兄さんにご挨拶してみたいと言った僕に、あすみは顔を伏せてそう言った。
「あの人はさあ、いい意味でも悪い意味でも昔も今も変わらないんだぁ」
あすみとお兄さんとの間に確執のようなものがあるのならば、何かしてあげられないかなと思っていたのだが、その前に彼女は僕の前から黙って消えてしまった。
僕の友達の悠斗は、あすみのことを訝しく思っていた。
それは僕が女の子から追われる身であるという状況が不可解だったからだ。
なのであすみと会えなくなってしまった今、悠斗からは『こうなることを予想していた』と言われてしまった。
「なんでー?」
猫型ロボットが時々しゃべる。
「せめてファイト!とか言ってくれればいいのになぁ」
とは言うものの、的外れなことを言いだすこのネコの存在を、悪く無いと思う自分もいる。
変なネーミングを考えてやろうかと思っているのだが、今のところ思いつかない。
どうせムダだとわかっていながら合言葉を言ってみる。
「あすみ・・・」
「揚げパン・・・」
「子どもみたい・・・」
あすみの好物や口癖も言ってみる。
「・・・」
結果みじめな気分になったのでやめた。
「端麗な顔つきをしてたよなぁ」
悠斗が賄いを食べながら言う。
上の空だった僕は、誰が?と訊いた。
「あすみさん」
「・・・。熟睡すると時々白目を向いてたけどね」
誇らしく思いながらも弱点を言ってみる。
「どうしてそんなに冷静でいられるんだ?」
珍しく神妙な顔をしてくる悠斗に、僕はまだ現実に向き合えていないのかもと言った。
「居心地よかったなぁ」
あすみの温もりを思い出しながらも、彼女には僕とは別に帰る場所があったのかもしれないとなんとなく思った。
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