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翻るスーツ
鼓膜を打ち破るような銃声が鳴り響いた瞬間
瞬きする間もない程の速さで僕は抱きしめられていた。
強い腕が銃弾を受けた衝撃と緊張感をダイレクトに伝えるように、貧弱な僕の身体をへし折るかの如くギュッと抱く。
爆音の余韻に痺れる鼓膜に届く微かな声……
「俺が死んだリアクションを」
言われるがまま僕はその声に従った。
これでもドラマの主演を何本も張っている演技派アイドルだ。
本職ではないけれど芝居には定評がある。
僕は、僕の肩口に埋める彼の顔を恐るおそる覗き込み、
怯えた表情を浮かべると震え気味に睫毛を伏せて俯いた。
僕の小芝居を確認すると、人殺しが奇声をあげて去っていく。
叫び声が遠ざかるのを傾聴し瞬時に彼が僕を離して踵を返すと、
撃った。
立ち上る白煙と辺りに響く二発目の銃声。
鼻腔をつく火薬のにおい。
肉の塊がバタン!と倒れると同時に歌番組のロケ見物に来ていたファンや
スタッフ達の悲鳴があがる。
僕の目には、周囲とは別のものが映っていた。
銃弾で背に焦げた穴があいたスーツが風に煽られ翻っている。
この向こうに、きっと彼が殺した死体がある。
群衆がこぞって目を覆い金切声をあげるおぞましい光景から僕を遮る、
火煙にまみれたスーツの背中。
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