神隠し

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 いくつもの小屋が無造作に立てられたこじんまりとした村があった。ある日の夜、真黒の空にぽつりと浮いた丸い月がその村に青白い光を差していた。 夜中、寝付けなかった男の子は目を開けた。そして、窓から差し込む月明かりに誘われて外に出ようと立ち上がった。引き戸を開ける。いつもは何も気にならない戸を引く音がやけに耳につき、男の子は小さなこぶしを握りしめた。外に出ると小屋からいくらか離れた場所に白い影を見つけた。男の子は不思議とその白い影に恐怖は感じなかった。いつの間にか握りしめていたこぶしからは力が抜けていた。 男の子はじっ、とその影を見つめる。   しばらくして、影は男の子に気がついたようにふわりと動いた。そして影はこう言った。 「僕、付いてこない?」 どこが顔かもわからない影は少し笑っているようだった。  男の子は素直に、こくんと頷いて影に引き寄せられるようについて行った。 次の日の早朝、ある母親が隣にいるはずの息子がいないことに気づいた。驚いた彼女は小屋から飛び出し、村中の小屋の扉を叩いて言った。 「あの子が居なくなった」 これだけ一人の女が騒げば村中の大人達が外に出てきてちょっとした騒ぎになる。 しかし、村の住民は口を揃えて言うのだ。 「あの子の名前は?」 彼女に息子がいた事は覚えていても、その子の名前はもう忘れ去られたのだ。そして、村人達は少しずつその子の存在すら忘れていく。母親だけがただただ泣きわめく。 「私の子を返してくれ」 母親でさえあの子の名前を覚えていないのに。やがて、村人達も母親も全てを忘れてこう言うのだ。 「あの子って、だあれ?」 月が沈み、明け方のほとぼりが覚めた頃、ある小さな子供が呟いた。 「神隠しだ」 空には白いすじ雲が靡いていた。
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