電車にて

1/1
前へ
/25ページ
次へ

電車にて

電車に乗るのは久しぶりなんですの。四つ先の駅近くに、戦前からの百貨店がありましてね、生け花展を見にまいります。 お昼は名物の鰻と決めております。そしてもう一つの決めごと、お友だちにはナイショですの。どきどきしますでしょ。 お花とお茶、和裁は少々詳しいですの。近所のお嬢様方にお教えしたり、呉服屋さんに頼まれて仕立てたりもいたしました。 やはりお花はよろしいですわね。季節を感じ、気持ちを落ち着かせますもの。勿論、気付けはいたします。 何て上品ぶってるけど、私はそんな女ではありません。確かにお茶もお花も着付けもできます。「なにがしかの資格を持っていると女は強くいられる」と言ってた母のおかげなんです。 古くさい父に悟られることなく得られる資格。私の田舎ではこの三つしかなかったのです。「女らしくていい」と勝手に思い込んでいた父は考えもしないことでしょうね。 帰りの電車は下校時間になっていました。高校生がたくさんいます。少し髪を染め、少し化粧をした少女たちもいます。背伸びをした姿は可愛らしくもあります。 その中に気になる少女がいます。ちょっとぽっちゃりで丸顔のその子、昔の自分を思い出します。今では珍しいセーラー服が眩しいです。 次の駅で降りるのでしょう、歩き出したら目が合いました。恥ずかしそうに声をかけてきました。 「いつか歳を重ねたら、あなたのようになりたいです。白い髪にメッシュを入れ、綺麗にマニキュアをして、背筋をしゃんとしていたいです。センスある服も素敵です」 それだけを言うと、ホームへ降りてしました。 驚いた私は声も出ません。今日一番の驚きは嬉しさも膨らませてくれます。 家族に報告しましょう。お嫁さんが染めた髪と爪、孫娘が選んだ服が誉められたんですから。何か買って帰りますね。
/25ページ

最初のコメントを投稿しよう!

8人が本棚に入れています
本棚に追加