黒い傘

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 日曜日といってもとりたててやることもなく暇な僕は、午後から街中へ出てビルの3階にある喫茶店でくつろいでいた。  窓際のカウンターに座り、外を眺めてみる。    ビル前の歩道には雨だというのに大勢の通行人が傘をさして行き交っている。上から見ていると地面は傘に隠れて見えないくらいの人通りの多さだ。  ほんとにこの雨の中、みんなどこへ行くのだろう、と思った。  あの青い傘とピンクの傘はカップルでデート中なのだろうか。派手な水玉模様の傘が急いで横切っていくのは、彼とのデートの待ち合わせに遅れている女性なのだろうか。なぜか傘を見ているだけで妄想が膨らみ、それなりに楽しかった。  それにしても今日はたまたまなのか、派手な色の傘が多い。今時の流行りなのかもしれない。  そんな中真っ黒な傘が通ると逆に目につくくらいだ。    今も黒い傘が右から来て、左から来た黒い傘とぶつかるようにすれ違った。数少ない黒い傘同士がすれ違うのも滅多にないことだな、と思って見ていた。するとしばらくしてまた黒い傘が右からと左からとやってきてすれ違った。もちろん上からは傘しか見えないので、たまたま黒い傘を持った人がすれ違っただけなのだろう。しかし暇を持て余した僕の脳は変な妄想にとりつかれ始めた。  2回もすれ違ったあの黒い傘は同じ人物なのではないだろうか。でもなんでそんなことを…そう思っていた時、また2つの黒い傘がすれ違った。  今度は傘が少し斜めになったため、身体の一部が見えた。2人がすれ違う瞬間、何かを渡しあったように見えた。もちろんはっきり見たわけではないので、ほんとはどうだったかはわからない。  しかし僕は確信した。  これはスリだ。間違いなくスリだ。  以前何かの本で読んだことがある。雨の日は傘をさして懐が空いているためスリの餌食になりやすいということだ。さらに今日はこの人ごみだ。おそらくあの黒い傘の2人はスったものをバレないうちに仲間に渡しているのだ。傘は2つだが仲間は何人もいるのかもしれない。おそらく彼らは目立たないように黒い傘にしたのだろうが、それが今日はかえって目立っていたのだ。  もちろんこれは僕の妄想かもしれない。しかしこんな雨の日にはぴったりの妄想だ。  僕はもう一度珈琲を注文し、観察を続けた。  しばらくしてまた、2つの黒い傘がすれ違った。          THE END
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