32人が本棚に入れています
本棚に追加
/7ページ
夜になって、妻が戻ってきた。
私は、お帰りと言う。
妻は開口一番に「ごめんなさい!」と謝った。
「全部私の自作自演だったの......」
妻が妻を誘拐したことに、私は気付いていた。佐久間の言葉のお陰で気付かされたのだ。
妻の誕生日に誘拐事件が起こったこと。百二十万円という金額を指定したこと。そして、枕元にメモが置かれていたこと。
この小さな誘拐事件は、結婚式をどうしても開きたい妻による、完全なる一人芝居だった。
だから私は、野暮なことは言わない。ただ、私の伝えたいことを妻に伝えるだけにする。
それが妻にとっても、私にとっても、丁度良い関係なのだ。もしかしたら、この心掛けが夫婦生活を円満にする秘訣なのかもしれない。
「誕生日おめでとう、咲子」
私はそう言って、プレゼントを妻に渡した。
「ありがとう......開けてもいい......?」
「うん、開けてみて」
赤いリボンで結ばれたプレゼントの中には、花びらをモチーフにしたイヤリングとネックレスが入っていた。百二十万円を振り込んでから直ぐに、ジュエリーショップで買ってきたのだ。
「嬉しい、ありがとう」
妻はプレゼントの中にもう一つ、白い花が入っていることに気が付いた。
「このお花......もしかして褄取草?」
序でにと思って、私は佐久間の実家のお花屋さんにも寄って、褄取草の花を一輪購入したのだ。これは妻に捧げる二十九本目の褄取草。
「褄取草って、花が咲き始めたら花びらの先端が赤く色付くんだって。端っこが赤く縁取られることから"つまとり"っていう名前になったんだ」
私は先程ネットで調べた情報を妻に伝える。咲子は喜んだ顔をしながら「知ってる」と言った。
「花言葉は"安らぎ"と"楽しさ"らしいのよ」
まるで私たちみたいねと、妻は微笑んだ。それがとても愛おしくて、私は幸せだと思うのだ。
「そうだ、咲子。私が振り込んだお金を使って、結婚式を開こう」
私は堪らなくなって、ついに言ってしまった。妻は私の提案に、涙を浮かべながら頷いた。
「そのためには色々準備しなきゃだね!」
「あぁ、ひとまずは褄取草の花びらをあしらったホールケーキを作ってみたから、ウエディングケーキのカットの練習として、やってみようか 」
まだまだ幸せはこれからやってくるのだろうと、私と妻はウキウキしながら台所へと向かった。
最初のコメントを投稿しよう!