私の妻が居なくなりました。

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 夜になって、妻が戻ってきた。  私は、お帰りと言う。  妻は開口一番に「ごめんなさい!」と謝った。  「全部私の自作自演だったの......」  妻が妻を誘拐したことに、私は気付いていた。佐久間の言葉のお陰で気付かされたのだ。  妻の誕生日に誘拐事件が起こったこと。百二十万円という金額を指定したこと。そして、枕元にメモが置かれていたこと。  この小さな誘拐事件は、結婚式をどうしても開きたい妻による、完全なる一人芝居だった。  だから私は、野暮なことは言わない。ただ、私の伝えたいことを妻に伝えるだけにする。  それが妻にとっても、私にとっても、丁度良い関係なのだ。もしかしたら、この心掛けが夫婦生活を円満にする秘訣なのかもしれない。  「誕生日おめでとう、咲子」  私はそう言って、プレゼントを妻に渡した。  「ありがとう......開けてもいい......?」  「うん、開けてみて」  赤いリボンで結ばれたプレゼントの中には、花びらをモチーフにしたイヤリングとネックレスが入っていた。百二十万円を振り込んでから直ぐに、ジュエリーショップで買ってきたのだ。  「嬉しい、ありがとう」  妻はプレゼントの中にもう一つ、白い花が入っていることに気が付いた。  「このお花......もしかして褄取草?」  (つい)でにと思って、私は佐久間の実家のお花屋さんにも寄って、褄取草の花を一輪購入したのだ。これは妻に捧げる二十九本目の褄取草。  「褄取草って、花が咲き始めたら花びらの先端が赤く色付くんだって。端っこが赤く縁取られることから"つまとり"っていう名前になったんだ」  私は先程ネットで調べた情報を妻に伝える。咲子は喜んだ顔をしながら「知ってる」と言った。  「花言葉は"安らぎ"と"楽しさ"らしいのよ」  まるで私たちみたいねと、妻は微笑んだ。それがとても愛おしくて、私は幸せだと思うのだ。  「そうだ、咲子。私が振り込んだお金を使って、結婚式を開こう」  私は(たま)らなくなって、ついに言ってしまった。妻は私の提案に、涙を浮かべながら頷いた。  「そのためには色々準備しなきゃだね!」  「あぁ、ひとまずは褄取草の花びらをあしらったホールケーキを作ってみたから、ウエディングケーキのカットの練習として、やってみようか 」  まだまだ幸せはこれからやってくるのだろうと、私と妻はウキウキしながら台所へと向かった。    
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