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2.話しかけるという手もあるが
オレは迷った。何食わぬ顔をして、
「あれ? 今日は買い物だっけ? この人、誰?」
ストレートに聞くのも手だろう。
彼女が聡明であれば、
「ああ、高校時代の同級生。買物に来たら、たまたま会っちゃって」
と言って、その場を取り繕ってくれるだろう。
だが、そこで彼女が狼狽する姿を見てしまったら。
オレは、手を出してしまうかもしれない。
新宿という、日本中でもかなりの人口密度を誇る地域で、「寝取られ夫の悲劇」という修羅場を演出するのは、オレが、オレ自身の顔に泥を塗ることになる。
だから、さりげなく、オレは電話することにした。
妻と男は、デパートの中へと入って行った。エレベーター待ちをしている。
オレは、入り口の陰でそれを見ていた。
(よし、このタイミングだ)
プルルルル
半ば、人違いであることを祈っていたが。
ーどうしたの? 今、友達とカフェにいるんだけど
出やがった。目の前で、エレベーターを待っている「妻」は、電話に出て、オレとしゃべっている。
「あ、そうなんだ。今日は太田と飲みに行くから、遅くなるよ」
ーそう。じゃあ、ご飯はいらないのね。健太を迎えに行って、帰るから。
妻は、息子を幼稚園に迎えに行くというウソをついた。
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