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大河の病室に伊丹とジュリがやって来た。大河はベッドの背を少し起こす。
伊丹はこれから日本に帰ると言う。
「すみませんでした。俺のために、わざわざこんな遠くまで」
大河は恐縮する。
「気にすんな。こんな事でもなければ、アメリカに来ることもなかっただろうし。多少は観光もしたしな」
伊丹は笑って言うが、ジュリは一切大河を見ない。
「……ジュリ。心配してくれてありがとう。来てくれて嬉しかった。日本を発つ日も、ジュリに何も言わずだったから、きっと嫌われてると思ってたから」
優しい声で大河は静かに話しかける。
「嫌われてると思ったから、こっちで早々と恋人を作ったの?」
ジュリはまだ大河を見ない。大河は目を伏せて何も言えなかった。
「あんな中途半端に、伊丹に雰囲気が似た奴好きになるなんて趣味疑うぜ。大河は枯れ専だったんだな!」
ジュリの言葉に、伊丹は、は?と言う顔をする。何気にディスられた気分だった。
ジュリの言葉に大河はクスリと笑う。
「ジュリもそう思ったかい?そうなんだよ。ヒューに初めてあった時、どことなく雰囲気が、会長に似ていて俺も驚いた」
伊丹は訳がわからない。ジュリにはディスられ、大河は自分をどう思っていたのか知りたくなった。
「俺、なんかとばっちり食ってねぇか?」
伊丹がそう言うと大河は伊丹に微笑む。
「会長は俺の命の恩人です。俺はあなたを尊敬しているし、本当に人として愛してます。会長に出会えて、本当に良かった。俺が今こうして生きて、大事な人とこれからも生きていけるのは会長のおかげです。本当にありがとうございました」
大河の澄んだ目を見て、伊丹はフッと笑った。
「いつでも日本に帰ってこい。あの男と一緒にな。お前の帰る場所は、ちゃんとある事を忘れるな。体、早く治せよ」
伊丹は大河に右手を差し出した。大河は満面の笑みで伊丹の手を握り握手をする。
「はい。会長もお元気で。またこちらに来ることがあったら、いつでも訪ねて来てください」
伊丹は満足そうに頷いて笑った。
ジュリは無言のまま大河に近づくと、大河の頬にキスをした。
「さよならの挨拶だ。大河のばぁか」
ジュリはそう言って、少し涙ぐんで伊丹の背中に隠れた。
「ジュリ。いいオンナになりなよ。楽しみにしてるからね」
大河がそう言うと、ジュリは伊丹の背中で涙を拭った。
「当たり前だろ。いいオンナになって、めっちゃいいオトコと、僕も幸せになってやる」
ジュリはそう言うと振り向きもせず大河の病室を出た。
伊丹はため息をついて笑う。
「じゃあ、またな」
伊丹は軽く手を上げて病室を出る。大河はずっと頭を下げて見送った。
「ジュリ、行くぞ」
廊下で待っていたジュリの頭を軽く撫でて、伊丹はジュリと病院を出る。
コツコツと踵の音を響かせて、伊丹はいつかまた大河と会える日を信じてアメリカを後にした。
大河は、どんどん遠くなって行く踵の音に、きちんと伊丹から巣立つことが出来たと思った。
もう過去を卑下することはない。
自分はちゃんと地に足を着けて生きている。
愛するヒューと共に、この先もきっと。
2人が帰って、大河は少し疲れたのか目を瞑りそのまま眠りに落ちた。
その顔は幸福に満ち、王子からの目覚めのキスを待っているようだった。
完
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