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大使館の駐在員の紹介で、伊丹は現地通訳の日本人男性、ヤマモトを雇った。
大河が無事生還するまで日本には帰れない。その間、コミュニケーションの手段に通訳は必須だった。
いつ会えるか分からないので、面会ができたらヤマモトに連絡を貰えるように病院に伝えた。
今日はもうホテルに戻ろうとした時、ICUにスーツを着た1人の男が現れた。
茶系の黒髪で背が高くなかなかの美形。
ICUの受付口の看護師に何か話しかけていたが、タイガと言う単語が聞こえて伊丹はその男、ヒューを睨んだ。
「あの男に声をかけてくれ。大河を知っている奴かもしれない」
伊丹はヤマモトにそう言うと、ヤマモトはヒューに話しかけた。
ヒューはビックリして伊丹を見つめる。
「大河を知っているのか?」
伊丹はじっと睨んでヒューを見つめる。ジュリもヒューを睨みつける。
「俺は、タイガの恋人です」
ヤマモトの言葉に伊丹とジュリは驚いてヒューを見つめる。
「嘘、だろぉ。大河の恋人だと?」
信じられない気持ちで、伊丹はヒューを睨みつけた。
「知り合ってから半月前までは友人でした」
ヒューは目の前にいる、渋い紳士風の美男が伊丹で、大河が想いをずっと寄せている男だと分かり正直動揺した。
自分とどこが似ているのか分からなかったが、確かに存在の雰囲気が似てなくもないと思った。
「なぜ大河はこんな目にあった?大使館の人間の話だと、痴情のもつれだと聞いた。俺はてっきり大河の付き合っている女の男が、大河に逆恨みしての犯行だと思っていた」
伊丹の言葉にヒューは何も言えなかった。
伊丹は、大河が刺された事もショックだったが、恋人が男だったのもショックだった。
ジュリはヒューを睨んだまま、何も声を発しない。
大好きな大河を、ヒューに取られていたことを知り悔しかった。
フツフツと怒りが湧いてきて、ジュリは凄まじい形相でヒューに近づく。
「何で、大河を守らなかったんだよ。どうして体を張ってでも守らなかったんだよ!」
ジュリはヒューに摑みかかる。ヒューは小さはジュリにされるままだった。
責められても仕方ないからだ。
「大河の恋人だったら、何が何でも大河を守れよ!」
騒ぎになり、警備員が走り寄ってきた。
ヤマモトが間に入って、伊丹がジュリを押さえる。
「場所を移そう。まだ聞きたいことがある」
伊丹の厳しい顔にヒューは断る事も出来ない。
タクシーで4人はホテルに場所を移した。
ジュニアスイートのダイニングテーブルに伊丹、ヒュー、ヤマモトは着き、ジュリは離れた場所の、長いソファに脚を伸ばして座っている。
「大河が刺された時の話を聞かせてくれ。俺は状況を知りたいんだ」
ヒューは頷くと話を始めた。
「あの日、俺とタイガは休みだったので、事件のあったショッピングセンターに買い物に出かけていた。タイガを刺したロイは、俺と同じ会社の人間だ。ロイとタイガは一度だけ俺の部屋で会ったことがある。ロイは、俺に好意を寄せていた」
伏し目がちにヒューは語る。ヤマモトは正確に伊丹に通訳をする。
「俺たちが付き合い始めたことを、ロイが知っていたとは知らなかった。でもあの日、ナイフを持っていたと言うことは、後を付いてきていたんだと思う。計画的な犯行だと思う」
伊丹は何も言わず、ヒューを睨み続けた。
「もしかしたら、ロイは俺のストーカーをしていたのかもしれない。俺がタイガのアパートに通う姿を見ていたのかも」
伊丹はため息をついた。
任侠の世界もそうだが、男の嫉妬ほど、激しく醜いものはない。
「いきなり目の前にロイが現れた。気がついた時は、タイガの腹部にナイフが刺さっていた。俺もタイガも動けなかった。周りの悲鳴でようやく俺たちもことの事態を把握した。あとはもう何が起きたか覚えてない。俺は気がついたら、タイガと一緒に救急車の中だった」
伊丹はその光景が目に浮かんだ。
「ひとつ聞きたい。大河が無事生還したら、お前はどうするつもりだ?」
伊丹の問いに、ヒューは真っ直ぐな目で伊丹を見る。
「タイガを支え、タイガと共に生きる覚悟です」
ヒューの言葉にジュリがぶち切れた。
ソファから飛び起きるとヒューの胸ぐらを掴む。
「僕は大河の婚約者だ!お前なんかに大河を渡さない!」
伊丹はその光景を見て大声で笑うと、ジュリはムッとして伊丹を見る。
「選ぶのは大河だ。大河が目覚めたらジャッジをしてもらえ」
伊丹が楽しそうに言うと、ジュリはヒューのシャツから手を離した。
「伊丹のばか!」
ジュリは悔しそうにベッドルームに入って行った。
「婚約者ではないのか?」
ヒューがジュリの後ろ姿を見つめていた。伊丹はフッと笑う。
「答えは大河が目覚めればわかる」
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