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家に帰ってからもジュリはおとなしかった。
夕食のカレーもほとんど手をつけなかったが、大河はジュリが元気になるようになるべく明るく振る舞った。
ジュリをいつものように寝かしつけると、大河が伊丹の帰りを待っていた。
「そうか、そんな事が」
大河から報告を受け、伊丹はウイスキーに口を付ける。
「父親から受けた傷にいつか決着を付けさせるつもりだ。その時にジュリが望めばな」
伊丹が言う決着が大河には分からなかったが、なんとなく恐ろしいことを想像してしまった。
伊丹の目がそう物語っていた。
「お前が来るまでは、夜も勝子にジュリの世話を頼んでいた。俺は夜も遅いしな。勝子はジュリをあまり家から出さなかったから、そう言った不安を聞いたことがなかった。お前のお陰で、ジュリも外に目を向けられた。ただ心配事も増えたな」
笑いながら伊丹は言った。
「すみません。俺のせいで」
大河は恐縮する。
「お前のせいじゃねぇよ。いつまでも引きこもって籠の中の鳥ではいられねぇ。成長するためには、現実と向き合うことも大事だ」
伊丹は煙草を吸い始めた。
「……そんなに子供を心配するほど好きなのに。どうして結婚されないんですか?」
あッと大河は思ったが遅かった。
伊丹は煙を燻らし大河を見つめる。
「子種がねぇさ。今まで何度、中に出してもガキができなかった」
ゆっくり伊丹は語り始める。
「元々コンドームも嫌いだったし、いつも生だったさ。高校生の時にヤった女が、生理がこねぇって心配してさ。結局来たんでホッとした。必ず外に出してたが、絶対大丈夫はねぇじゃん。でも俺は大丈夫だった」
大河は黙って聞く。
「組に入って、本気で好きな女も出来て同棲を始めたさ。女の親が俺との付き合いに反対してたし、相手はまだ18だったし、結婚はできねーが、ガキができたら許してもらえるなんて安易に考えて毎晩毎晩ヤリまくってたさ」
懐かしそうに伊丹は語り続ける。
「1年経っても出来なくて、女が病院に行ったさ。もちろん女に異常はなかった。軽い気持ちで俺も精子を診てもらってさ。で、ガキが出来なかったのは俺に原因があると分かった」
伊丹は寂しげに煙草を吸う。
「俺はわざと喧嘩をふっかけて、女を家から追い出した。俺といたってガキもできない。女に原因があったら、きっとあいつも自分から身を引いただろうしな。俺がガキが好きだって分かってたし」
伊丹の傷を自分では癒せないと大河は思った。
でも、伊丹に惹かれている自分が伊丹を癒したいと思っている。
「往生際悪くて、今まで何人もの女と試したがダメだった。で、この歳になってやっとガキを抱きしめられた」
傷ついた小鳥を、その両手で抱きしめた時の喜びが大河にも分かった。
「ジュリは俺にとって最後に授かった宝物だ。あいつが望むものは何でも手に入れてやりたい。そしてあいつの過去も消し去ってやりたい」
その方法がどんなに非合法なことでも。伊丹はジュリの全てを受け入れ包む覚悟ができている。
大河は、無条件で伊丹に愛されるジュリが羨ましかった。
自分はどんなに望んでも、伊丹の腕に抱かれることはない。
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