桜の下で

3/6
前へ
/32ページ
次へ
伊丹の鋭い眼光が狂気に満ちていた。 今にも目の前の男を殺しかねなかった。 「随分探したぁぜ。チマチマ逃げやがってよぉ」 伊丹は憎しみを激らせた鋭い眼光で、男の髪を掴んだまま頬を平手で打った。 まるでパンチングボールのように男の顔が揺れた。 「テメェみたいな男から、よくあんな可愛い子供が産まれたもんだな。子供の母親はどこに消えた!」 伊丹は怒りの形相で男に怒鳴る。 「あいつは母親似だからな。ずっと好きだった女を部屋に無理矢理連れ込んだ。逃げられねーように、俺が出かけるときは外から鍵をかけた。ガキが出来て渋々だが女が婚姻届を書いてくれた。そしてガキが6歳ぐらいの時、隙を見て女だけ逃げて行きやがった」 ジュリの母親が拉致監禁されていたと知り、伊丹はまた怒りが湧き上がる。 外にも出れずジュリと2人、外から鍵をかけられた部屋で監禁され、逃げられると分かったら、憎む男との子供を置いて逃げてしまった気持ちも分からなくないと思った。 その後のことは聞くまでもない。 ジュリがこの男からされた事を、この男の口から聞かされるのが忌まわしい。 「もう逃がさねぇ。お前のことは、時が来るまで俺たちが見張っているからな。逃げたらどうなるか分かってんだろ?お前のツラは、もう全国どこに逃げようがすぐ見つけ出せるんだよ」 伊丹は男の顔に唾を吐いた。 「とりあえず高田馬場の建築現場に連れて行け。そこでこいつを働かせろ。四六時中見張らせておけ。だが、まだ殺すなよ」 伊丹が指示をすると若頭は頷き男を連れ去った。 男は喚き叫んでいたが、その声を誰も聞きはしない。 「ジュリにはこの事は内緒だ」 伊丹はまだカッカしている頭を冷やすようにソファに腰掛けた。 「分かってます。言えません。ジュリが壊れるのが目に見えてます」 大河も怒りに震えていた。ただなぜ直ぐ片付けないのか不思議だった。 「あんな奴、ジュリの父親でもなんでもねぇ。殺したって殺したりねぇ」 イラつく伊丹は、テーブルを蹴飛ばし大声で叫び始めた。 そうでもしないと、伊丹自身が怒りで壊れそうだった。 「会長!」 大河が伊丹を背後からギュッと抱きしめた。 「怒る気持ちは分かります!俺だってあんな奴、殺したくて仕方ない!でも落ち着いてください!」 大河の言葉に伊丹は大河の腕の中で大人しくなった。 「分かってる。怒って良いのはジュリだけだ。分かっているが!」 その後はもう言葉にならなかった。 「ジュリには会長がいます。俺もいます。ジュリをこれからも守ります」  伊丹に寄り添うように大河もしゃがんだ。伊丹は大きく息を吐くとゆっくり立ち上がった。 「ありがとうよ。お前のおかげでジュリの顔が見れそうだ。俺1人だったら、辛すぎてジュリの顔をまともに見れねぇ」 伊丹が悲しそうに微笑んだ。 ジュリの事になると、途端に脆くなる伊丹が愛おしかった。 そして一瞬でも伊丹を抱きしめた感触が、まだ大河の腕の中に残っていた。
/32ページ

最初のコメントを投稿しよう!

296人が本棚に入れています
本棚に追加