桜の下で

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男との関係を終わりにした夜、大河はジュリを寝かしつけるといつものように、リビングでパソコンを使って作業をしながら伊丹の帰りを待っていた。 論文はもうすぐ完成しそうだった。 これを書き上げたら、もう自分の研究も全て終わる。 まだまだ研究したい事はたくさんあったが、この家にいる限りそれは無理だと分かっている。 インターネットを開き、マサチューセッツ工科大学の研究論文に目を通す。 自分の研究も、出来ることならここに載せてみたいと言う野望も昔はあった。 全世界から注目される研究に打ち込みたいとも思っていた。 それが気がつけば人生の底辺まで落ち、男娼として多くの男達に身体を弄ばれ、そして身体は開発されてしまった。 ふと気がつくと、最後に女を抱いたのはいつだったか思い出す。 大学に入ったばかりの時は彼女もいた記憶がある。 研究所に入ってからはそんな余裕もなく、行きずりに近い女しか抱いていなかったと思い出した。 今じゃ男の身体を欲するようになってしまった。 そう思い、浮かぶのはやはり伊丹の姿だけ。 ボロボロだった自分の事を拾ってくれた命の恩人。 伊丹がいなければ、底辺のまま死んでいたか、廃人になっていたか。 今生きて、快楽を感じることができるのも伊丹がいてこそ。 大河は寂しくて切なくて、自分の身体をギュッと抱きしめる。 伊丹を抱きしめた感触を思い出す。 抱いてください。 伊丹に何度言いそうになったか。 だが、この関係を壊すわけにはいかない。 伊丹のためにも、ジュリのためにも。 大河はふーと深いため息をつくと論文を書くのを再開した。 「また、待ってたのかよ」 伊丹が帰ってきた。 珍しくボディソープの香りがしない。女と会っていたのではないのかと思った。 「今夜はどちらに?」 つい聞いてしまった。 いつもは聞かないのに変に思われると大河は焦った。 「飯塚組長のところで定例会だ」 伊丹はソファに座るとネクタイを緩める。 大河は定例会をすっかり忘れていたことに恥じて、すぐにキッチンに向かうとミネラルウォーターをグラスに入れた。 「お前でも、俺のスケジール忘れることあるんだな」 楽しそうな伊丹に大河は恐縮した。 伊丹にグラスを渡した時、伊丹が大河の香りに気がついた。 「なぁんだ。そう言うことか。自分がおねーチャンと会っていたから、俺もそうだと思ったのか」 伊丹にラブホテルのボディソープの香りを嗅がれ、大河は真っ赤になって焦った。つい面倒で、家に戻ってからまだ風呂に入っていなかったことを後悔した。 「焦るな、焦るなって。別に俺は咎めやしねーよ。お前なんて俺より若いんだ。お前ぐらいの歳なら、まだ俺も毎晩ヤってたわ」 あはははと笑って伊丹は言う。 見当違いをしている伊丹に告白してしまいそうになる。 あなたに抱いてもらえない代わりに、男と寝てきました。 しかし、そんな事が言える訳がない。 いつまでたっても、伊丹との関係は平行線のまま。 あと何年苦しめば、自分の身体から性欲が失われるのかと考えるも、それはいくら計算式を用いても答えなどでなかった。 窓の外に目をやると、街灯に照らされた桜がもう葉桜になっていた。
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