踵の音

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大河を拾ったのはジュリを引き取って数ヶ月ほど経った時だった。 伊丹が女とラブホテルで過ごした後、ビルの側に駐車していたベンツに乗り込もうとした時、ビルの間の暗闇で裸でボロボロになった大河を見つけた。 「会長!早く車に!」 舎弟が厄介ごとに巻き込まれまいと伊丹に言う。 「ちょって待て。なんだ、ありゃ」 舎弟を先に行かせて、伊丹はビルの間に進む。 裸の大河は後ろ手に縛られ、身体中赤く腫れ上がり血を滲ませていた。 首には首輪をされている。 「おいおい、派手にヤラれたな」 ニヤニヤ笑って伊丹は言う。 大河は腫れた目をゆっくり開けた。 きちんとした上質なスリーピースに、磨き上げられ皺が綺麗に入った革靴を履いた、目つきの鋭い端正な顔をした伊丹が大河を見下ろしていた。 「……今夜の客の、ご希望だったんでね」 掠れた声で大河は言う。 「……興奮し過ぎたのか、ヤるだけヤって、ここに置き去りにされま、した」 諦めなのか、大河はそう言うと目を閉じて動かなくなった。 「行きましょう、会長」 舎弟が伊丹をその場から離そうとする。 「お前、マゾなんか?そんだけ痛めつけられて、ソレ勃つのかよ」 伊丹がいたぶるように大河に言う。 「……金さえ、くれれば、どんなこと、でも」 力なく、大河はヘラヘラしている。 「でもそんだけ痛めつけられて、今夜の稼ぎはちゃんと持ってかれたか」 伊丹がしゃがみこんで大河を見つめる。 「もう、用済みだったんでしょう。この年じゃ、男娼としても大して稼げない。俺がここで死ねば始末も楽でしょ」 今夜の金は、ちゃんと搾取されたのかと伊丹は思った。 「うまく生き残っても、シャブ打たれて、寝る時間もなく、家畜以下の扱いをさせられるだけだ。そんな奴ら何人も見てきましたよ」 所詮、一度ハマったら最後。借金は減ることなく骨の髄までしゃぶられる。 「なあ、俺と賭けしねーか?明日の朝まで生きてたら、俺がお前を飼ってやるよ」 伊丹はそう言うと、大河の首輪を引っ張った。見つめ合う2人。 今はもう10月後半だった。気温によっては凍死してもおかしくない時期である。 「施しだ」 伊丹は着ていたスーツの上着を大河の身体の上に投げた。 「会長!」 また伊丹の酔狂が始まったと舎弟は止める。ジュリのことだってそうだった。 「この寒空の下で生きてたら、その生命力に褒美をやっても良いじゃねぇか。お前、名前と年は?」 大河はもう生きる気力もなかった。 「大河。31です」 それを聞くと伊丹は立ち上がった。 「じゃあ、明日の朝5時だ。騒ぎになる前に迎えにきてやるから生きてろよ」 伊丹はそう言うと大河に背を向け歩き始めた。 革靴の踵をコツコツ鳴らし大河の元から去っていった。
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