異国から愛を込めて

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大河がマイク教授に誘われて、ボストンへ向かう話を初めて話したのは、ジュリが中学生になった時だった。 伊丹が帰ってくると、伊丹とジュリに大河はマイク教授の話を始めた。 伊丹もジュリも何も言わずに、最後まで大河の話を聞いていた。 「そっか」 伊丹が最初に口を開いた。 ジュリは黙ったままだった。 「お前がこの家でずっとパソコンで英語で何かをしていたのは知っていたから、いつかその研究とやらが陽の目を見るのかと期待はしていたさ。実際、めでてぇじゃねぇか。お前の研究が認められたんだ」 伊丹の優しさの溢れる言葉に、大河は胸がいっぱいになる。 「僕は知らなかった。大河がそんなことしてるなんて」 俯いたままジュリは言う。 「ジュリが寝た後にしていたんだ。ずっと内緒にしててごめん」 大河の言葉をジュリは聞きたくなかった。 この家にずっと居ると信じていたのだ。 「僕は嫌だ!大河がアメリカに行くことは反対だからね!」 ジュリは大河を睨むとリビングを出て行く。 その姿に伊丹はため息をついた。 「ジュリはお前の事が大好きだからな。友達であり、兄であり、恋人であり」 伊丹の最後の言葉に大河は首を振る。 「あ、違った?」 伊丹はニヤリと笑う。 「多感な思春期だしな。素直にお前を送り出しはしねぇよ」 「会長は、俺がこの家を出て行っても、許してくれるんですか?」 「許すも許さねぇもないだろ。今回のことはお前の実力で勝ち取ったものだし、お前は俺の子分でも舎弟でもない。カタギのお前を縛ろうなんて思ってねぇよ」 フッと笑って、伊丹は煙草を出して吸い始める。 「この家に来たのだって、お前の生命力の褒美だ。今回のアメリカ行きも、運も味方したんだろうし。お前は勝負強いのかもな」 伊丹の言葉に大河は笑う。 「本当は、この家にずっといたいです。会長とジュリのそばに。でも俺は、貴方から卒業しなくてはと思ってもいます」 「卒業?」 大河は頷く。 「いつか、俺のことが重荷になるかもしれません」 大河は秘めた想いを今も懸命に我慢している。 だがそれが、いつ噴き出すか正直怖かった。 大河の気持ちをこの先も伊丹は受け入れないだろう。 それを告げることで、ジュリからも軽蔑されるかもしれない。 今、離れるのは良い機会だと大河は思っていた。 「お前の1人や2人、重荷になんかならねーさ。だが、もう決めたって顔してるな」 大河の決意を伊丹も十分承知している。引き止める理由もなかった。 「ジュリだって分かる時が来るさ。いつかジュリだって、この家を巣立つ時が来るかも知れねぇし」 少し寂しそうに伊丹は言う。 この顔に大河は胸を締め付けられる。 分かっていても、伊丹にこんな顔をさせるジュリが羨ましかった。 「ジュリはきっと、会長から離れません。きっと」 大河の言葉に、伊丹も今は素直に頷く。 「ジュリと少し話をしてきます」 大河は胸が痛む。 伊丹に対してどうしていいのか分からなかった。 想いを告げてしまいたくなる。 そうしない為に、大河は立ち上がるとジュリの部屋に向かった。 ジュリの部屋をノックしても返事はない。 「ジュリ。もう寝てるかい?突然、驚かせてごめんよ。ジュリが大人になるまで見守るつもりだったけど、俺もまだ、夢を諦められなかったみたい」 ドアによりかかり、大河は素直に気持ちを告白した。 「いつか自分の研究を、世界で認めてもらいたいって野望をまだ捨てきれなかった」 ジュリがすぐドアの近くまで寄ってきた。 「俺の最後のわがまま、許してほしい」 「じゃあ僕の最後のわがままも聞いて!ずっとこの家にいて!僕から離れないで!」 悲痛なジュリの声に、大河は胸を締め付けられる。 「ジュリ。ごめん。言い方が悪かったね。ジュリ。俺は行く。ジュリのそばを離れても、いつか大人になったジュリに会いに来るから」 ジュリの目から涙が溢れる。 「その時、僕と結婚してくれる?僕が大人になって、本当の女になれたら」 ジュリはドアを開けたいのを我慢して大河に尋ねる。 「ジュリが大人になって、まだ俺のことを好きでいてくれたら、俺はジュリにちゃんとプロポーズするよ」 優しい声で大河は言う。 ジュリは、嘘つき。と心の中で呟いた。 「会いに来なかったら、針千本飲ませるからね!」 涙声のジュリのセリフに大河は微笑む。 そうして切ない別れはだんだん近づいていき、日本を発つ日、大河は何も言わず伊丹とジュリの前から消えた。 それぞれに置き手紙だけを残して。
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