踵の音

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ジュリは最初大河を敬遠していた。 伊丹と2人で住んでいた家に、大河まで来たことにジュリは面白くなかった。 「ジュリの家庭教師の大河だ。仲良くしろよ」 伊丹がジュリに紹介するが、ジュリはツンと顔を背ける。 「反抗期なもんでな。まぁ、問題だけは起こすな」 伊丹は笑って直ぐに出かけていった。 「よろしく、ジュリ」 大河は優しい声で言う。ジュリは一切興味を持たない。 「取りつく島もないな。まぁ、良いや。ねぇ、ジュリ。これって知ってる?」 大河はキャビネットからワイングラスを数個出すと、水差しに水を入れグラスにそれぞれ目分量で水を入れだした。 大河は指先を濡らしグラスの縁をなぞると音が出た。 それぞれ入れた水の量によって音階がある。 「何?何これ!」 ジュリが興味を示し、大河は優しく微笑む。 「グラスハープと言うんだ。ジュリもやるかい?」 「うん!やりたい!」 ジュリは目を輝かせる。 「まずは手を洗って綺麗にして、指先を濡らすんだ」 ジュリは言われた通り手を石鹸で綺麗に洗い、指先を濡らすと大河の真似をする。 「力を入れずに優しくなぞってごらん」 言われた通りやってみると音を奏でた。 「凄い!僕もできた!」 嬉しそうにジュリは大河を見る。 「これは、科学の実験と同じだよ。ねぇジュリ。俺ともっと一杯いろんな実験をして遊ばないか?」 「やる!もっと色々やりたい!」 ジュリは一瞬にして大河に尊敬の眼差しを向ける。大河はただ優しく微笑んだ。 次の日から、大河はジュリに科学の実験や算数の楽しさを教えた。 「春になったら生き物の観察にも行こう。山や海や、あちこち行こう」 大河の言葉にジュリはもう夢中だった。 ジュリの過去は全て伊丹から聞いる。 自分よりも過酷な運命を、まだこんな幼い身体で受けたと思うとやるせなかった。ジュリの父親を許せなかった。 大河はジュリを傷つけないように、怖がらせないように常に優しく接した。 そして、ジュリの心を掴んだ大河に伊丹も信頼を寄せた。
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