踵の音

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伊丹と大河は、嫌がるジュリを連れて、都内数カ所のフリースクールの見学をして回った。 流石にどこも甲乙付けがたいが、大河は特にジュリが遠巻きながら興味を示したフリースクールを伊丹に提案した。 「ジュリの送り迎えは俺がやります。その後事務所での仕事もします」 大河がそう言うと、伊丹に反論はなかった。 「ねぇ、ジュリ。少しずつでも通ってみよう。嫌だったら無理しなくても良い。でも、俺が教えられないこともたくさんある。少しずつ慣れていけばいいよ」 大河は優しく言うが、ジュリはなかなか“うん”とは言わない。 「ジュリ。俺も無理しなくていいと思ってる。ただ今度の学校は、それを許してくれるのが今までいた学校とは違うところだと思う」 伊丹にまでそう言われて、嫌だとジュリもはねつけられなかった。 「大河が送り迎えするなら行ってみる。でも嫌だったら帰るよ」 渋々ジュリも受け入れてくれた。 そして、最初の不安が嘘のように、ジュリはフリースクールに毎日通えるようになった。 友達も無理して作らなくても良いので、ジュリは周りの目を気にする必要が無くなっていたようだった。 毎日大河と通うのが、ジュリの楽しみにもなっていた。 「お前のお陰で、ジュリも形はどうであれ学校に行けるようになった。ありがとうよ」 伊丹はそう言って、向かい合って座る大河を見つめる。 「いえ。ジュリは強い子です。身体のハンデもいつか解消する時がくると思います。ただ、一つ心配なのは、女の子に恋した時です。いつかはそんな思春期の悩みが来るでしょうから」 大河の言葉に伊丹は深いため息をつく。 「そこなんだよな。どうなのかね。見た目は女の子のように育てているが、ジュリは本当は男の子として生きていきたいんじゃねぇかといつも思うんだ。だが、不思議なほど、ジュリは女の子の格好をやめない。髪も伸ばすと切らせない。こんな生活で良いものか」 大河は立ち上がると、頭を抱える伊丹の肩にそっと手を添えた。 伊丹はピクッと反応して、顔を上げて大河を見つめる。 「ジュリは生まれ変わりたいのでは?男の子だった頃を捨てたいのでは?過去に父親からされた事が、トラウマになっているのかもしれません。会長のそばで、女の子として生きたいのでは?」 慰めかもしれないが、大河の言葉に伊丹は救われる気がした。 もし自分の娘として生きていきたいのなら、それでジュリが救われるなら、伊丹はジュリの好きなようにさせようと決めた。 「大河。いつもありがとうな。お前がこの家に来てくれて、本当に助かっている」 伊丹の言葉に大河は微笑んだ。 「俺は会長にこの命を救ってもらい、この命は会長のために捧げる覚悟もできています。だから俺に礼は無用です」 大河の伊丹に対する思いは本物だった。 伊丹が望むなら、伊丹とジュリのために、この命を使っても惜しくないと思っていた。 伊丹への思いは、尊敬以上のものだと言う事はもちろん秘密にしている。 あの踵の靴音を聞いた時から始まった出会いから、大河は伊丹を心の底から愛している。
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