踵の音

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踵の音

カツカツと靴音が響く。 丁寧に皺を入れた革靴の靴の音。 伊丹悠介は歩く時に踵から着地する。 事務所の自分の部屋の扉を開けた。 「全く、どうしてそうお前は」 ため息をつきながら額に手を当て伊丹はジュリを見て言う。 「お帰り、伊丹」 にっこり笑う天使に、伊丹はもう何も言えない。 例え、真っ白な壁にジュリが落書きをしていても。 「また学校サボったのか?」 まだ小学生のジュリが、この昼間から伊丹の事務所にいるのはおかしい。 「行かない。ずっとここにいる」 ジュリは伊丹を見ない。膨れっ面で壁に落書きを続ける。 「他の学校に移ってもいいんだぞ」 飯塚組長の顔で通っている私立の小学校は、ジュリには合わないらしい。 「どこの学校も嫌だ。ずっと学校なんて行ったこともないのに。伊丹のそばにいる」 伊丹は地上げ屋行為で行った先で、父親から性的虐待を受けた瀕死のジュリを見つけ、一生癒えない傷を持つジュリを伊丹が助けて引き取った。 ジュリは8歳、伊丹は40だった。 「まだ小学生のお前が、こんな所で遊んで良い訳ねぇだろ」 大きな掌で、伊丹はジュリの頭を撫でる。 どうしてもジュリには甘くなってしまう。 自分の子供を持てない伊丹が、やっと手に入れた大事な子供だったからだ。 「大河が勉強教えてくれるもん。大河が居れば良いもん」 ジュリの言葉に伊丹は笑う。 夏井大河はジュリの家庭教師であり伊丹の秘書だった。 国立の理工科を出て研究所に就職していたが、身に覚えのない多額の借金を背負わされ、仲間に裏切られ、研究所を追放された。 借金をまともに返すことも出来ず、毎日のようにチンピラ達から激しい取り立てに合い、仕舞いにはその容姿の良さから男娼にまで身を落とした。 「あの時、伊丹さんに拾って貰えなかったら、シャブ漬けにされてたでしょうね」 それが大河が伊丹に仕える理由だった。
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