さんびきめ。

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さんびきめ。

 土曜に少しだけ降った雨は前触れだったらしい。日曜は朝から土砂降りの雨だった。おかげで部屋でずっと本を読んでいても、誰にも文句を言われることはなかった。  お昼を過ぎても雨は止んでいなかったけれど、ずいぶんと小振りになっていた。  羽住くんが気にしていた、あの魔法使いが出てくるシリーズは、図書室で借りた六冊は読み終わってしまった。買い物に行くという母親の車に乗せてもらって、市立図書館で続きを借りてくると再び、本の世界に没頭した。  物語は明るい冒険モノのまま進んでいく。主人公と幼なじみは冒険の中で心も体もどんどんと成長していく。共に旅をする仲間も増えた。でも魔法使いの恋だけは一向に進まない。主人公への想いが空回りして、トラブルの種になってしまうのだ。  羽住くんが気にするから、花も魔法使いのことが気になってきてしまった。サイドストーリーでほとんど触れられることはないのに。次の巻では、次のページでは、少しは魔法使いの恋も進展しているかもしれない。  そんな風にずるずると読み進めているうちに、うっかり夜更かししてしまった。  花はお弁当を食べながら、くわーっと大きなあくびをした。月曜と言うだけでも学校に来るのが億劫なのに、この眠気。午前の授業中も、このみといっしょにお昼ご飯を食べようという今も布団が恋しくて仕方がなかった。 「本読んでて寝るのが遅くなったんでしょ、また」 「あがっ! ちょっと……やめてよ」  くわっと大きなあくびをした瞬間、このみに頬を突かれた。指が食い込んで、ちょっと痛い。眠気もあって、思わず不機嫌な声で言うと、 「いつも本ばっかり読んでて構ってくれないくせに。たまに私といるときにも、あくびするなんて。しかも、その態度。……どうしてくれようか」  このみもジト目で返してきた。これは分が悪い。 「すみません。またです、また夜更かししました」  とりあえず平身低頭で謝ると、このみは満足気に頷いた。 「今はどういうの読んでるの?」 「これ。ファンタジー……冒険モノかな?」  花はトマトを頬張りながら、読み途中の本を机に置いた。このみはペラペラとめくって、しおりがはさまっているページで手を止めた。 「シマシマヘビグッズ、また買ったんだ」 「ニシキアナゴだってば。いくつあってもいいんだよ、かわいいんだもん」  しおりに描かれた黄色と白のシマシマ模様のニシキアナゴを見て、このみは苦笑いを浮かべた。ふざけてそっぽを向いて見せてから、花もしおりのイラストをのぞき込んだ。  自分で買ったわけじゃない。水族館に行ったときに羽住くんからもらったしおりだ。羽住くんと水族館に行ったことも、しおりをもらったことも。どちらもこのみに秘密にする必要はないのだけど。 「好きだよねぇ、シマシマヘビ」  このみの言葉に、花はこくりと頷くだけにした。わざわざ言うことでもない。それに少しだけ、秘密にしておきたいとも思った。花はそっと胸を押さえて、このみから目を逸らした。 「それにしても、花も成長したねぇ。そんなに本が好きなのにしおりには全然、こだわりなかったじゃん。割れた古い定規を挟んでるって、女子としてどうなのよって心配してたんだから」  水族館に行ったときに、羽住くんにも言われた。花自身は全く気にしてなかったのだけど。ぽりぽりと頬を掻いた。しおりは本のあいだに挟んで目印にするための物だ。目印にさえなればなんでもいいと思っていたのだ。  ふぁーっと、勝手にあくびが漏れた。花は慌てて口を手で押さえ、上目遣いにこのみの様子をうかがう。このみは唇を尖らせたかと思うと、くすりと微笑んだ。 「食べ終わったら図書室に行くの? 次は体育だし、少し寝ておいた方がいいんじゃない?」 「うーん、やっぱり行ってくる。ごちそうさま」  カバンにお弁当箱をしまうと、読み終えた本を取り出した。 「着替える時間もあるから、早めに帰って来るんだよ」 「は~い」  ひらひらと手を振るこのみに手を振り返して、花は本を抱えて教室を出た。読み終えた本の返却期限はまだ一週間以上あるし、日曜に市立図書館から借りてきた本もある。昼休みに図書室に行く理由はない。でも、今日は久々に図書館司書の小林さんがきている。もしかしたら新しい本が入っているかもしれない。  それに羽住くんも図書室に来ているかもしれない。昨夜、寝落ちする寸前に読んだページで魔法使いの恋に進展があった――気がするのだ。  新たに女盗賊が登場したのだが、主人公の反応が他の女性キャラへの反応とは少し違う気がするのだ。女盗賊を目で追いかけたり、じっと見つめたり。でも主人公の恋心は魔法使いがもらったまま。主人公は自身の変化にも気持ちにも気づいていない。ただ魔法使いが苦しそうに、悲しそうにしているだけだ。  女盗賊を見つめる主人公のようすが、九重さんを見つめる西谷くんとなんとなく重なって見えた。きっと女盗賊のことが好きなのだろうと思うけれど、羽住くんと話して、あっているか確かめたかった。もしあっているのなら木曜からの研究の成果が出たと胸を張れる。花はにんまりと笑いながら階段を小走りに駆け降りた。  花のクラスがある三階から一つ下の階に降りて、いつもどおり廊下のつきあたりにある非常ドアへと向かうつもりだった。外に作られた非常階段を下りて行くと図書室の入口まで近いのだ。二階の廊下を歩きながら窓の外を見ると、雨は降っていないけれど、今にも降り出しそうな灰色の空だった。風も強い。  ふと廊下の途中で足を止めた。話し声が聞こえた気がしたのだ。二階にある部屋は二部屋とも空き教室になっている。授業で広い場所が必要になったときくらいしか使われないし、一応、入ってはいけないことになっている。でも、ドアにカギが掛かっているわけでもないから天気の悪い日に男子たちが忍び込んでサッカーをしていたり、女の子たちが額を突き合わせて内緒話していたりするのだ。どこどこのクラスのあいつとあの子が入っていった。きっと告白だ、なんてうわさ話をこのみもしょっちゅうしている。気にすることもないだろうと、非常ドアを開けようとして、 「ありがとう。夜、メールくれて。助かったー!」 「うまくいったみたいで何より」  教室から聞こえてきた男女の声に、またもや足を止めてしまった。女子の声は自信がないけれど、男子の方は、たぶん羽住くんだ。 「ほんと……折りたたみかさ、持って行っておいてよかった。前日に天気予報確認しとくとかマメ過ぎんでしょ、さすが!」 「それくらいはやるだろ」 「またまたぁ。カフェのメニューだの展示の位置だのショーの時間だの、事細かに調べてたじゃん。細かくてうざいね!」 「ほのかが雑過ぎるんだろ。カフェは帰りって、あれだけ言っておいたのに」 「だから、ごめんってば。もう散々、謝ったじゃん。水族館に入る直前にまでメッセージ送ってくるとか、どんだけ執念深いのさ」 「悪かったな、性格の悪さは生まれつきだ。俺の性格の悪さのおかげで西谷と出掛けられたんだからいいだろ。むしろ感謝しろよ」  男子の方は羽住だろうと思ったけど、話している内容で確信した。相手も九重さんで間違いないようだ。羽住くんは花と話しているときとは全然、違う、乱暴でくだけた口調だった。”あのバカ”と呟いたときと同じ口調だ。でも仲が悪いという感じではない。むしろ、逆。すごく仲がいいように聞こえた。   入学式の日から一年ちょっと。羽住くんと九重さんは、いつのまにかずいぶんと仲良くなっていたらしい。花と図書室で話しているときも、水族館に誘ったときも、羽住くんはおくびにも出さなかったけれど。 「大体、寝坊するか? おかげでかなり計画が狂ったんだぞ」 「服が決められなくて、寝るの遅くなっちゃったんだからしかたないじゃん」 「それ、俺も付き合わされたんだけど。服ぐらい、ちゃっちゃか決めろよ」 「そっちの服も選んであげたんだから、いいでしょ。むしろ感謝しなさいよ!」  水族館に向かう途中、羽住くんが眠たそうにしていたのはそういう理由だったらしい。小説を読んでいて夜更かししてしまったわけではなかったようだ。 (そっか、あの服は九重さんが選んだんだ……)  水族館に行った日。羽住くんが着ていた私服を思い出して。金曜の夜にオロオロしながら一人で服を選んだ自分を思い出して。花は肩を落とした。なんだか惨めな気持ちだ。と、――。 「ところでさ。なんか、暗くない?」  九重さんの言葉に花はハッと顔をあげた。羽住くんの返事は聞こえなかった。黙って身振りで答えたのか、話すのをためらっているのか。 「何かあったでしょ。とりあえず話せ」  きっぱりとした九重さんの声に、心臓がぎゅっと痛くなるを感じた。 (そっか、”あのバカ”は、こうやって聞くんだ)  たぶんニシキアナゴの水槽を見つめて青ざめていた羽住くんにも、九重さんなら今みたいにさらっと理由を聞けたのだろう。  花は足音を立てないように非常ドアへと向かった。そーっとドアノブをまわして、体重をかけて重いドアをあけた。外階段の踊り場に出てほっとした瞬間。背後でドアが閉まる大きな音がして、心臓が止まりそうになった。うっかり二人に気付かれて、うっかり二人と顔を合わせてしまったら気まずい。  大慌てで一階まで降りた花は、ほっと息をついた。ほっと息をついて、首を傾げた。階段を大慌てで駆け下りたせいだろうか。心臓ががきゅっと苦しかった。  ***
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