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よんひきめ。
翌日、木曜日――。
羽住くんは昼休みも、放課後も図書室に来なかった。
***
金曜日――。
十分休みにすれ違ったときに西谷くんが教えてくれた。昨日も、今日も、羽住くんは学校を休んでいるらしい。
予想通り、西谷くんとのうわさはあっという間に立ち消えた。九重さんや、彼女と仲の良い女子バレー部の子たちのあいだ以外では。花はときどき感じる鋭い視線に居たたまれなさを感じながら昨日、今日と過ごしていた。
魔法使いが出てくるシリーズは水曜のうちに返却した。今は図書館司書の小林さんにすすめてもらったコメディタッチのスパイモノを読んでいた。でも、いまいち内容が頭に入ってこない。花が好きなジャンル、作者さんのはずなのに。放課後、図書室で別の本を借りようか。花はため息をついてスマホを取り出した。
「こういうときは心の癒し、シマシマヘビを眺めるに限るわぁ」
「勝手にアテレコしないでよ。あとシマシマヘビじゃなくて、ニシキアナゴ」
いつの間にやってきたのやら。このみに後ろから抱き付かれて花は苦笑いした。
「これ、水族館で撮ったの?」
このみは腕を伸ばして、画面をスワイプした。次々と写真が切り替わっていく。水族館に行ったときに羽住くんが送ってくれた写真を入れてあるフォルダだ。西谷くんや九重さんの写真は入っていない。でも例の写真が入っている。
「ちょっと……勝手に見ないでよ」
花が慌てて隠そうとするよりも先に、このみにスマホを取り上げられてしまった。
「なにこれ、鼻の下が伸びきってるよ」
画面を切り替えていたかと思うと、このみがいきなり吹き出した。花が背伸びしてのぞき込むと心配していたとおり。画面にはチンアナゴと花のツーショット写真が表示されていた。
「いいでしょ。好きな子を見てたら、こういう顔になるでしょ」
「好きな子って……それにしても緩み過ぎでしょ、これは……ぷはっ!」
「もう、いいでしょ。……ちょっと、このみ。笑い過ぎ!」
「いや、だって……あれ?」
肩を震わせて笑っていたこのみが、ふと首を傾げた。目を細めて一点を見つめていたかと思うと、真剣な表情で画面を操作し始めた。どうしたのだろう。花も画面をのぞきこもうとして、
「ちょっと、花さん。ここに写ってるのはどこのどなたですかねぇ?」
「く、苦しい……!」
このみの腕が花の首に巻き付いた。このみの腕をバシバシと叩いていると、目の前に画面を突き付けられた。画面をじっと見つめていた花は、
「誰って……誰?」
首を傾げた。画面に映っているのは、相変わらずチンアナゴと花のツーショット写真だ。水槽と花以外には何も映っていないように見える。誰、と言われても困ってしまう。しかし、
「ほら、ここ!」
このみは画面を拡大すると、トントンと指差した。水槽の上の方だ。よく見てみると水槽に人影が映り込んでいた。スマホを構えた羽住くんだ。
(全然、気が付かなかった……)
メガネを外していて、学校にいるときよりも前髪をあげた尾行モードの羽住くんだ。
「デート? もしかして、デートですか? 私に……この私に報告も許可もなしで!?」
「報告も許可もないけど、デートでもないですぅ」
「うそをつくな。どこで、こんなそこそこ格好いいのと知り合った。高校生か。花の兄貴の友達か。白状しろ! そして今度、会わせなさい! オネエサンが品定めしてやる!」
「そこそこ……品定め……っ!」
このみの言い回しに花は思わず吹き出した。相手が羽住くんなのが余計におかしい。それにこのみはオネエサンじゃない。同い年だ。
「顔が良くても性格が悪かったら許さん! どこのどいつなの!?」
どうやらこのみは写っているのが羽住くんだとは気が付いていないようだ。メガネをかけて前髪をちょっとあげただけなのに、意外とわからないものだ。尾行のための変装としては完ぺきだったというわけだ。
(まぁ、本当は変装なんて必要なかったんだけど)
西谷くんも九重さんも、花と羽住くんが尾けてきていることを知っていたのだから。花はあやまる羽住くんのつむじを思い出して、苦笑いした。
「私のおメガネにかなわないなら、花のことは渡さないんだから!」
ガバッとこのみに抱きしめられて、花は笑い声をあげた。ちょっと脇をくすぐられている気がする。くすぐったい。
「たぶん、このみのおメガネにはかなわないんじゃないかなぁ」
なにせ羽住くんだ。性格の悪さには定評がある。でも、
「そう? 写真で見る限りは大丈夫そうだけど。花のこと、すごく大事にしてるっぽいし」
このみは写真を眺めながら、さらりと言った。なぜか満足気に頷いてもいる。
「何で?」
そこまで断言できるんだろうと首を傾げると、
「だって、ほら。花を見る目。すごく優しい目をしてる」
花にスマホを返して、このみがトントンと画面を指差した。
スマホを構えた羽住くんは、被写体である花とチンアナゴに目を向けている。穏やかな微笑みを浮かべた、いつもどおりの羽住くんだ。このみの言わんとすることがわからなくて、花は画面を見つめたまま、また首を傾げた。
「お子ちゃまな花にはわからないかぁ。ちょっと同情するわ、この人に」
フフン、と澄まし顔で笑うこのみに、花はふくれっ面になった。
「いつから付き合ってるの? デートは何回目? 名前は? 年齢は?」
花のふくらんだ頬を指でつつきながら、このみがにやにやと笑って尋ねてきた。完全に尋問モードだ。こうなると根掘り葉掘り聞かれることになる。
「付き合ってないし、デートでもないってば。町内会の運動会がいやで、ちょうど水族館に誘われたから行っただけだよ」
そう答えてみたけれど、食い下がって来るんだろうなと覚悟していたのだが。
「そっか」
このみはあっさりと引き下がった。なぜか眉間にしわが寄っている。
「花は本当にそうなんだろうけど……本気で同情するわ、この人に」
「だから、どういうこと?」
「こういう優しい目で見るのは大事で大好きな相手だからでしょ、ってこと。花がお子ちゃまだからってだけじゃなく、当人だからわからないってのもあるかもしれないけど」
茶化したり、からかったりしているわけではないようだ。微笑んでいるけれど、このみの目は真剣そのものだ。花は写真の中の羽住くんを見つめた。やっぱりいつもどおりの羽住くんだ。花が知っている羽住くんは、いつだってこんな目をしている。でも、そういえば――。
(この目、どこかで見たことがある……かも?)
羽住くんとは別の誰か。誰だったか。どこで見たんだったか。引っかかって出てこない。花はスマホの画面を睨みつけた。眉間にしわを寄せて唸り声をあげる花を見て、このみは苦笑いした。
「この人が花を誘った理由とか、どう思ってるかとかとか。ちゃんと考えた方がいいよ」
チャイムが鳴った。立ち上がったこのみは、くしゃくしゃと花の頭を撫でて、自分の席へと戻って行った。
(大人ぶったって、このみの目も節穴じゃない)
花はこのみの背中を見送りながら、くしゃくしゃになった髪を押さえた。
大好きな相手なんかじゃない。だって羽住くんが好きなのは、九重さんなのだから――。
***
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