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時を遡ること夏休み前――。
長期休みを目前にして浮足立っている生徒が多く、チャイムが鳴ってもまだ平気で廊下で話している。
「チャイム鳴ってんの聞こえねーのか! さっさと教室入れ!」
いつものごとく怒鳴りつけると、生徒は早々に散っていく。
それを見届けてから、教室に向かう。自クラスに着いて教室の扉に手を掛けると、中から男子生徒の話し声が聞こえてきた。
「柳瀬まじ怖ぇー。視線だけで人殺せるわ。元ヤクザって噂マジなんじゃねぇの?」
「それは風弥先生だろ。あ、違う。あの人は元ヤンか」
「でも風弥先生は優しいし、めっちゃノリいいじゃん。俺、風弥先生が担任が良かったなー」
(全部聞こえてんだよ)
教室に足を踏み入れた途端、話し声はピタリと止んだ。男子生徒は聞かれていたのかとそわそわしていたが、俺は何食わぬ顔で教団に立ち朝のホームルームを始めた。
「連絡事項は以上だ。号令係」
ホームルームを終えて、教室を出ていくと緊張感で張り詰めていた教室はまた騒がしくなった。今日は一時間目に受け持っている授業はない。
俺が真っ先に向かったのは一階の保健室。
扉を開けると、白衣姿の男が窓枠にもたれながらタバコをふかしていた。
男は慌ててタバコの火を消そうとしたが、俺の顔を見てその手を止める。
「なんだ……柳瀬さんか」
「俺ならセーフみたいな顔すんなよ。ここ保健室だぞ。何やってんだお前は」
「火つけたばっかりなんで、これだけは吸わせてください。あとでちゃんと換気しますから」
ため息を付きながらそのまま保健室に足を踏み入れる。
悠然とした態度でタバコを吸っているのはこの学校の養護教諭、風弥透。
男子生徒が噂していた通り生徒に絶大な人気がある教師だ。
整った容姿と物腰の柔らかい雰囲気で数多くの女子生徒の心を鷲掴みにしている。実は言うと風弥は俺と同じ高校出身で一個下の後輩だ。
昨年までは私立の女子高に勤めていたが、元ヤンだったことがPTAで問題視されて退職に追い込まれた。やさぐれてたところ俺と再会して、たまたま養護教諭に欠員が出ることになっていたので俺の紹介で今年の春から赴任することになったのだ。
「ったく、人がせっかく気回して復職させてやったっていうのにまたクビになんなよ」
「大丈夫ですって。生徒にはタバコ吸ってる姿評判良いですから。なんかこう、大人の男って感じがしてグッと来るみたいです」
「お前……生徒の前でも吸ってんのか」
風弥は、はっとして視線を泳がせる。どうやら口が滑ったらしい。
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