11人が本棚に入れています
本棚に追加
「いや、偶然見られて……でも安心してください。周りに言いつけるような子じゃないんで」
要は二人っきりで居ても平気でタバコを吸えるような間柄ということだ。
俺の脳裏にはある生徒の顔が思い浮かんだ。
(そういうことか……そりゃ恋人の前じゃ平気で吸えるよな)
胸がざわつく。もう気に留めないって決めたのに一度火の付いた嫉妬心はなかなか消えてくれない。顔をしかめると風弥の長い指がスッと伸びてきて、俺の眉間を擦った。
「柳瀬さん、眉間にシワ寄ってます。そんな厳つい顔してたらまた生徒たちに怖がられますよ」
「この顔は生まれつきだよ」
「じゃあ、せめて表情和らげる努力しましょ。ほら」
風弥は軽く茶化しながら眉間に寄ったシワを伸ばすように指で擦る。
俺はその手を振り払った。
「やめろよ!」
「すみません。調子乗りました」
(そうやって触れてくんなよ……俺の気持ちも知らないで)
つい声を荒げてしまった。かき乱された心を平常に戻そうと、
スーツの内ポケットから煙草を取り出して火を付ける。
「って……あなたも吸うんじゃないですか」
「お前が吸ってるんだからいいだろ」
「俺が言うのもなんですけど、生活指導の柳瀬さんが吸うのはまずいんじゃないですかね」
確かに風弥の言う通りである。気を落ち着かせるために何の考えなしに吸い始めてしまった。おまけに携帯灰皿も職員室に置いてきてしまっている。
「消すから灰皿貸せよ」
「勿体無いじゃないですか。同罪ってことで、そのまま1本だけ俺に付き合ってください」
「仕方ねぇな」
保健室の窓は校庭からは見えないようになっているため、校舎裏に誰かが回って来ない限り外から見られることはない。
一時間目から保健室を利用する生徒も早々いないだろう。
「そういえば煙草の銘柄、俺と同じなんですね。タールも一緒だ」
「メジャーな銘柄だからだろ」
本当の事を言うと風弥が吸っている煙草の箱を見て同じものを購入した。
今まで煙草を吸ったことがなかった俺は、最初はヤニクラを起こして慣れるまで相当時間が掛かった。普通に吸えるようになったら喫煙所かどこかで煙草を片手に何気ない会話を始めながら自分の気持ちを伝えるつもりだった。
(なのに、よりにもよって見ちまったんだよな。普通あんなところで生徒とするか? 立場わきまえろよ)
「そうだ。復職の件、正式にお礼させてください。何がいいですか?」
「別に良いって言ってるだろ」
「そういう訳にもいきませんよ。俺が出来ることなら何でもしますから遠慮なく言ってください」
「じゃあ……」
”最初で最後で良いから俺を抱いて”
煙草をふかしながら邪な考えが思い浮かぶ。
当然そんなこと言えるはずもなく言葉を飲み込んだ。
「また飲み付き合えよ」
「えー、柳瀬さんと飲むと俺潰されるじゃないですか」
「ほんとお前弱いな」
「いや、あなたが強いだけでしょ。そんなにあたしを酔わせてどうする気?」「お前ヤニでも酔えんのか」
最初のコメントを投稿しよう!